桜とともに | ナノ


18 役立たずな未来人

空気は辛うじて入ってくるが、競り上がってくる血液が熱い、痛い、ーー苦しい。

「……っさ、んなん、さん」

届いたかも分からない掠れた声。ここで死ぬのも、それはそれで仕方ない。良いんですと言うように小さく笑みを浮かべると、ふと首を締め上げていた力が緩んだ。

「……ぐ……っあ、どう……して、貴女は……っ」

自信の手で顔面を抑えながらも、瞳の奥はとても悲しげで、ひゅっと酸素が入りこんで来た肺で精一杯の呼吸をしながらも山南さんを見詰めた。

「山、南……さん?」

多分、もうこの人は危害を加えない。世間は警戒してみろ、と屈折ばかりの現代人もこの新選組のぬるま湯に浸りすぎたということだろうか。いや命懸けで戦っている辺りはぬるま湯とは言えないか。

「……どう、やら懸けは失敗したようですね……椎名君、最後の私の我が儘を、聞いてもらえるでしょうか」
「……出来ることであれば。なんですか?」
「薬は……失敗です。じきに私は意識を失い、貴女を殺してしまうでしょう……その前に、貴女の手で……」

袖口からモノを出す動作の早さはきっといつもとなんら変わってはいない。それなのに酷くゆっくりに思えるのは私の動悸のせいだろう。

「小刀……ですか。用意周到ですね」
「貴女のような人に、殺しを頼むのは……些か躊躇いますが、"人"殺しにはなりません……。私は時期に、人でなくなってしまうのですから。貴女は、本当に……不思議な方でしたね……」

右の手に乗せられた小刀が、ずしりと重く感じられた。ああ、やはりよかった。雪村さんを遠ざけて。あの優しい人に、こんな役目を少しでも担わせるですら、似合わない。

「……心残りは?」
「……、最期に、皆さんに謝りたかったですね。そした、ありがとう……と」
「……」
「椎名君も、駄目ですよ。もといた場所を忘れることだけは……そして、そこがなにを与えてくれていたのか」

寂しげな眼は、いつのまにか月が隠れてしまった夜によく似ていた。

「……どうしたのですか?」
「雪村さんのお人好しに感化されましたかね。……。未来の事、言ってもいいですか?」

不思議そうに眼をまるめて「なんですか?」と首を傾げる山南さんに口を開いたときだった。

「紗良君!!!!」

ああ、なにもこんなタイミングでこなくたって……。振り向くと案の定雪村さんと沖田さんの姿。先程から雪村さんがいないと思ったら人が首を絞められてから呼びにいったのいったのか。いや、まあ人間咄嗟の判断は遅れるし仕方のないことだろう。きっと山南さんは部屋を出ていった事気付いていたんだろうな。
山南さんは私の手にあった小刀を取ると、苦悶の滲む顔を耐えながら、ふっと微笑み沖田さんへと近付いた。

「沖田君……。お願い、できますか?」
「……ええ」

この人は話を聞いていたんだな、きっと。雪村さんも沖田さんが刀を抜いたことで、次に起こることが解ったようだ。止めようとする雪村さんを止めた。大丈夫、大丈夫ですよ。この人は生きます、羅刹として。

「雪村の……地」
「紗良君?」
「あ、いえ。なにも」

そうだ、変若水の効果を薄めるのは、雪村の地だ。でも、それが何処にあるのかまで、私は覚えていなかった。どこだ、どこだった。雪村の地は、何処にある?ああまた、未来……このゲームのあらすじを知っててもなんの役にも立ちやしない。

「紗良君は……知っちゃったんだよね?」

峰打ちかないかはしらないが、床に伏せていた山南さんを担ぎ上げた沖田さんがこちらを振り向いた。それを聞いた雪村さんが私よりも先に声を上げた。

「ち、違うんです沖田さん!その、私が紗良君に……!!」
「千鶴ちゃん。この場合、誰が言ったかの問題じゃないんだよ」

一瞬向けられた冷たい眼差しに、向けられていない私でさえ身震いしたのだから直に向けられた雪村さんなんて余計にだろう。ほら、なにも言えずに俯いてしまった。

「じゃあ、紗良君はあとから広間にね。千鶴ちゃんは部屋に戻って良いよ」

私は、未だ痛む背中に手を当てながら、殺されても仕方ないなと酷く汚れた二酸化炭素を吐き出した。申し訳なさそうにこちらを見る雪村さんに愛想笑いを張り付けるのも忘れずに。

"そこがなにを与えてくれていたのか"

私は、なにか大きな勘違いをしていたのではないだろうか。お門違いな、そんな。



役立たずな未来人


  本当は薄々分かってた、

 
181123 一部加筆修正
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