16 嵐の前の静けさ 池田屋の一件から入隊希望の方が増え、新選組の知名度は一気に上がった。そのため雑魚寝の方もたくさんいて、不満の声も上がっており、現に私はその不満を聞いたこともある。
その事の相談もあり斎藤さんの部屋にきた。
「西本願寺……ですか?」
「ああ、副長が後日交渉しに行かれるらしい」
イコール脅しまたは武力のイメージがあるのだけれど、それは気のせいだろう、と自分の頭を横に少し振ってみた。
「そうですか。態々言いにきてしまってすいませんでした」
「いや、俺では拾いきれぬ声もあるからな。そう伝えに来てくれる事は有り難い」
「誰に伝えればいいのか悩んだのですが、そう言ってもらえると気が楽になります」
「紗良ちゃん、こんな所に居たんだ」
障子が、すぱぁんと勢い良く開いた音に、肩がびくりと揺れた。人を脅かせておいて当の本人は飄々と笑いながら部屋の中に入ってくるのだから、相変わらずだ。
「総司、声をかけてから開けろと何度も、」
「はいはいごめんね」
と口では言いながら向かい合う様に座っていた私と斎藤さんの間に入り、こちらを向く。何度目だ、と斎藤さんの眉間に皺が寄った。
「……それで、何の用だ」
「うん、二人ともちょっと来てくれないかな?紗良君は特にね」
広間は険悪な雰囲気だった。きっと原因の中心はどや顔で笑っている伊東さんだろう。おそらくその近くにいる山南さんになにか言ったのだ。いや、偏見じゃなくて。日頃の行い。
「紗良君は、伊東さんのお気に入りだからね」
小声でそう言われ、やっと理解できた。そういや広間で会議的なのがあるみたいな事言ってた気がする。稽古あるし、私は幹部どころか隊士でもなんでもないので、行く必要がないと思って行かなかったのだ。そして会議中に忘れ物取りに部屋へ戻った斎藤さんの元へ私が行って、冒頭に戻ると。成る程。
そしてつまりはあれか、この場を治めろと。伊東さんが私の姿を捕らえ嬉しそうに口角を上げた。
「あらぁ紗良君!どうなさったの?」
「いえ、稽古が一段落ついたので……伊東さんを探してたんです」
この人は簡単だったりする。えへへと少しはにかめばそれだけで上機嫌になってくれる。こうすれば良いんですよね?と沖田さんに目で言うと、にこりと笑ったので正解だろう。
「ところで……なにかあったんですか?」
「なんでもありませんのよ。そんな事より紗良君、なんの用でしたの?」
「あ、えっと……稽古をつけて頂きたくて……」
「あら、私で良いんですの?」
伊東さんが良かったんです、と笑えば二つ返事で交渉成立だった。部屋を出る際に、伊東さんにバレないよう土方さんに目で訴えたのは言うまでもない。
「私も紗良君とお話したくて」
「それは嬉しいです!」
「それにしても藤堂さんも人が悪いですわね。弟さんがいらっしゃるなんて聞いたこともありませんでしたわ」
いやそりゃあ弟ということになったのほんの1年ほど前ですし、なんて言葉は言うはずもなく「兄上は忘れっぽいですから」と笑った。
ああ、もう1年経つのか、とうなじを隠す程度には伸びた髪に触れながら空を見上げる。
嵐の前の静けさ
嵐となるのは一体誰か、
181123 一部加筆修正
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