桜とともに | ナノ


13 月光に照らされた

屯所内はなにやら大騒ぎです。その中でも全然状況が飲み込めていないのが私。沖田さんと雪村さんがなにかトラブル起こしたとか起こしてないだとかそれで今説教食らってるだのどーの。すいませんよく分かっていません。

とりあえず、私も空気の読める日本人ではあるわけだから、この騒ぎが尋常ではない事は流石に分かる。長州藩という教科書でよく聞くお決まりの藩の名前が耳に入り、場違いにも呑気に薩摩とかも居たりするのかな、と思う。
向こうから永倉さんが何かを持って歩いてきた。

「釘なんてどうするんです?」
「長州の間者を捕まえたんだけどよ、なかなか口を割らねえらしいんだ」

これは患者じゃなくて間者のほうだということは流石にもう分かる。平成でいうスパイを示す方だ。私が一礼すると、永倉さんは釘を持って向こうへといった。心中で、ご愁傷様と呟きながら私は逆方向へと歩く。流石にスパイを見つけたとなれば釘を使って拷問ということくらいは分かります。

日が暮れてきたら、ますます騒ぎが大きくなった。今までかつて無いほどに。
途中、近藤さんたちが池田屋に、土方さんたちが四国屋へ行くことを知り、池田屋なら聞いたことあるが四国屋はないな、と思った。本命は池田屋だと。だがきっと、私が忘れているだけなのだろう。

「伝達……ですか」

雪村さんと私が伝達係として池田屋にと言われ、即座に頭で考えたが、私達が行った所で足手まといにしかならないだろう。私だって常日頃鍛練はしていると言っても本物の刀で戦った事はないし、武士に勝てるわけが無いだろう。
眼を横にやると、雪村さんに至っては凄い義務感で眼を輝かせていた。これは……。

「私、やります!」

ですよね!貴女ならそういうんじゃないかって不安に思ってました!!はい!!想像通りの答えありがとうございますと、言いたくは無いがありがとうございます!!

「あの……雪村さん?」
「紗良君、頑張ろうね!」

この笑顔を思い切り断りたい気もするが、純粋に組の為にと思っている瞳を無下にはできない。NOといえない日本人。結局私は「……そうですね!」と顔がひきつるのを抑えながら笑顔で受け入れ、池田屋へと向かう事にした。とりあえず足手まといに成らないように、自己防衛くらいは頑張ろうと、以前井上さんから貰った刀を腰に差しながら眼を瞑った。
それにしても私は井上さんからお駄賃や饅頭などをもらいすぎではないか。


「御用改めである!手向かいなる者は容赦なく切り捨てる!」

池田屋に向かうと潔い近藤さんの大声が耳に響いた。一気に攻め入る隊士さんたちを眺めながらも、内心凄く不安で仕方がない。雪村さんが凄く張り切っているのが横目でも分かった。
上の階から凄い音がし、雪村さんが慌てて上っていったときだ。
シュンッ
流れてくる刀に紙一重の速さで反応し、抜刀した。真剣は竹刀に比べて重いのは知っていた。だから人目を盗んで刃落としした刀で練習はしていたのだが、本当に命がかかっていると知ったら余計に重く感じる。
笑止、相手を見据えると少し向こうがたじろんだのが微妙にだが分かった。

「紗良ちゃん!!」

横から声が聞こえ、私とした事が思わず声の方に眼を向けてしまった。慌てて目を戻した時にはもう遅く相手は高らかに刀を振り上げていたが、永倉さんがそれをいとも簡単かというように受け止める。いや、いとも簡単にではない。手から流れる赤い血を見て、私のせいだと責めた。

「総司と平助の所に行ってやってくれ」

永倉さんの手当てが先だと言いたかったが、それではまた足手まといになると思い、素直に従うことにした。

「……すいません。永倉さんもちゃんと手当てしますからね、その手」

コレくらい大丈夫だと永倉さんは笑うが、やはり此処に来ない方がよかったのだと今更ながら酷く痛感した。
話し声が聞こえる方へと階段を掛け上ると、雪村さんと藤堂さんの姿があった。やはりなにかあったのだろう、藤堂さんの額から血が流れておりその深さは私にでも分かった。きっと推測するに、雪村さんをかばったのだろう。この時代の男の人というのは、そういう傾向があった。
二人の視線を追うと赤毛の人。ああこの人も見たことある気がするが、もう半年くらい前の記憶なんてほとんど無いに等しい。かろうじて覚えているのはこの人は薩摩か長州かの人で、鬼ということくらいだ。

そして、私にとって今の雪村さんと藤堂さんのやり取りなんて、心底どうでも良かったし、苛々した。

「唾付けときゃ治るっつーの!」
「なにが唾ですか」

顔には怒りという文字が露わになっているのだろう、しかし今はどうでも良い。あくまで理性を保ちながら淡々と事を述べて行く。

「唾でそれが治るような傷ですか。俺は確かに医療知識に長けているわけではないですが、少なくとも貴方よりかは詳しいですよ。強がりもいい加減にしてください。それが治れば唾にはかなりの有効成分が含まれており、薬品にも使われるかもしれませんね」
「あの、えっと、紗良くん……?」
「雪村さんも雪村さんです。そう会話をする暇があるのなら今すぐ兄上の止血をしてください。蘭学医の娘さんなのですから、それくらいはしてもらえますよね?」

これ以上足手まといにだけはなりたくないという私情が勝っていたからか、雪村さんの顔に出ていた怯えの色に気づくまで時間がかかってしまった。眼を瞑り深呼吸をひとつした後、よろしくお願いしますと頭を下げた。
くいっと赤毛の人のほうに視線を向け、自分達を殺すつもりなのかと一応尋ねると、私たちが退くのなら無闇に命を奪うつもりは無いと言う。これはきっと真実だろう。

「では……」
「俺らは長州の者を捕まえなきゃならねえんだよ……!」

この傷で何ができるのだろうか。言えば貴方は今戦力外を二人も連れている。藤堂さんにそんな傷を負わせたのが彼なのだとすれば、この人はかなり強いはずだ。そうなれば此処はひくに越したことはない。しかし、それは藤堂さんのプライドが許さないのだろう。

「雪村さん、兄上の止血をよろしくお願いします。そして兄上、長州の者といいますが彼は長州じゃないですよ?」
「は?」
「薩摩の方ですよね。えーと……」
「何故私が薩摩の者と?」
「すいません、勘で言ってみたのですが当たっていたようですね」

男はため息をひとつつき、「貴方の名前は?」と問われたので、逆にこちらがお尋ねしますと問い返してみた。苦笑を浮かべながら、雨霧久寿と名乗りそのまま闇へと消えていった。何か言いたげにしている藤堂さんの口に人差し指を当て、一言謝った後二階へと上がる。
本当は行かない方が良いのかもしれないが……。

沖田さんと金髪の人……あ、あの人は風間さんだと、力説されたので覚えていた。そして何が信じられないかと聞かれればあの沖田さんが押されていることだ。
コレが正しい選択なのかは分からないがとりあえずそこに落ちてあった物を風間さんに向かって投げると、沖田さんがその隙を付くかのようにして攻めた。

「後で一杯褒めてあげる」

ああ良かった、正解だったみたいだ。そしてそれから邪魔しないように見ていたのだが、多分このままだと沖田さんの方が危ない。向こうの興味をこちらに引けば良いのだろうが、男性からどうすれば興味を持ってもらえるのかなんて私には分からない。

「Excuse me.Who are you?」

芯の通るような声でそう言うと、向こうは少し驚いたような顔をし、それでも口角を上に上げ「ほぉ……?」と声を漏らした。

「貴様、異国語を話すか」

その問いかけにはあえての笑顔で返す。英語といえども中学2年生までの知識しかないわけだが、この時代には十分すぎると思われる。というより思いたい。

「……面白い。名はなんというのだ」
「Who are you?」

相手が眉をひそめようとも関係ない。相手を見据えるようにして口角を上に上げ、もう一度問いかける。"お前はこれしきの言葉も分からないのか"と言わんばかりに笑みを浮かべながら。しかしプライドの高い人はそれ以上言った所で、次は相手にしなくなるので、私は再び口を開いた。

「貴方の名前を聞いています」
「貴様から名を名乗れ」

ああ駄目ですよ刀に手を当てては。沖田さんでも危ない相手だというのに、私が太刀打ちできるはず無いじゃないですか。

「ねえ、君の相手は僕だよね?彼には手を出さないでもらえるかな」

その彼の様子を見かねて、沖田さんが言う。こんな時でも私の秘密に付き合って"彼"といってくれるのか。心中でお礼を言った後、言葉を紡いだ。

「沖田さん、大丈夫ですよ。……俺は椎名紗良、まあたしかに自分から自己紹介をするのが年上に対する礼儀でしたよね。それで、貴方の名前は?」
「……風間千景だ」

あ、ちゃんと言ってはくれるんだ。この人意外に良い人なのかもしれない。

「しかし貴様、椎名と言ったか」
「はあ」
「怪我の治りが速くはないか?」
「確かに少しは速いですが常識の範囲内ですね」
「……嘘をつくな」

ついてませんよ、とため息を付くとそれでも未だ疑っている様子であった。風間さんは自分の予想に自信に満ち溢れた顔でいる。良い人というのを撤回したいくらいには腹立つな、あの顔。
ぐいっと腕を引かれ、刀で少しの傷を入れられた。痛さで少々顔が歪んだが、そこまで大きな傷でもない。

「……なにしてるんですか」
「治らんな」
「当たり前です。……ッ!?」

何をしているんだろうかこの人は。傷元に口を寄せて……、え、傷舐めるな。困惑している私の方を見ていかにも楽しそうに笑う風間さんを蹴り飛ばしたくなったが、沖田さんが後から私の体を引き寄せ、バランスを崩した。そんな私を沖田さんがすっぽりと抱き止めてくれた。

「なにしてくれてるのさ」
「人間ごときがまだ俺に刃向かうか」

風間さんが素早く後ろに回ったかと思うと、沖田さんがこちらへと倒れこむ。ストップ私の脳内が領域不足を訴えているような気がしなくでもないです。冗談ですが。

「沖田さん……?」
「殺してはいない。今殺すとややこしくなりそうだからな。……椎名よ」
「……なんですか」
「お前は何故そんなに血が薄い。椎名と言えばかなり血の濃い鬼の血筋のはずだが」
「すいません意味がよく」
「まるで、」

風間さんの背にある月が悲しそうにも美しく、部屋を照らしていた。そして、彼の一言で私の脳内は完全に停止した。

「何度も人と交わりながら何十年何百年と時を紡いだ様な」

さあ、と風が流れ込んだ。後ろ髪よりかは少し長く残しておいた横髪が視界に流れ込み、彼の顔が見えなくなった。



月光に照らされた


  いやまさかそんな、

  
[14/62]
prev next

back
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -