桜とともに | ナノ


12 太陽より雨雲を好む

屯所に来て早半年が過ぎ、中庭の雪も跡形もなく溶けていた。
思うことは、カレンダーもないのに何故ここの人たちは日付が分かるのだろうということだ。これが慣れというものだろうか。しかし私は未だに慣れておらず、毎日「今日は何日ですか?」と聞く始末にある。今では朝起きると、誰かが日付を教えてくれるようになった。
そして半年が過ぎればかつて此処に来る前に聞いたあらすじなど、ほとんど私の頭から抜け落ちている。とりあえず、今は朝シャワーが恋しいですとか言ってみたり。

「紗良君」

「なんですか?」と振り向くとそこには雪村さんの姿があった。彼女は部屋の軟禁生活からは開放されたようだ。私も本来なら彼女と同じように半年……いや、私の場合彼女のような働きはできる自信が無いので半年以上軟禁生活を送っても仕方のない事なのだが、藤堂さんの弟としている私が軟禁なんて違和感しかでてこない、ということで比較的自由な生活を送っていた。それは彼女のおかげなのだと感謝の念を静かに送る。

「あ、あのね良い天気だなーって」
「?はい、そうですね」

確かに上を向いてみれば雲ひとつない晴天なのだが、彼女はわざわざそれを言いに来たのだろうか。きっとそうなのだろう。半年彼女と過ごしていたが、彼女ならそれだけを言いに来ても可笑しくはない。

「紗良君は落ち着いているね」
「そうですか!?結構子供っぽいとは言われるんですけど……」
「少なくとも私の前では凄く大人びて見えるよ」
「それは……」

「雪村さんが女性ですから格好付けているんです」と笑うと、俯いてしまった。私はなにか変なことを言ってしまっただろうか。少なくともここで声に出さずとも、私が男であるということを言えたのだからまあいいか、とひとつ欠伸をした。

「まあ兄上が子供っぽいから俺がそう見えるんじゃないですかね」
「えっ!?そういう意味じゃ……!」
「いいんですよ雪村さん。本人もいないことですし隠さなくたって」

そう笑うと、また困ったような顔をする。この人は感情が素直に顔に出る人だ。だからこそ、女と言う事がバレたくないという気持ちがある。確かに彼女の事は嫌いではない。でも、

「おい紗良!!お前なに言ってんだよ!」
「あーあ。兄上来ちゃいましたかーもう少しで雪村さんの本音が聞けたのに」
「えっ!?」
「大丈夫だって千鶴、ちゃんと分かってるから」

藤堂さんがそう笑うと安心したかのように雪村さんも笑った。半年見ていてずっと思っているのだが千鶴さんのこの相手に気を持たせるというかなんというか、これは天然なのだろうか。もし天然なのだとすれば流石は逆ハーレムのヒロイン……此処まで思って眼を瞑った。いけない、またこんなことを考えてしまった、と。

『此処に僕たちは生きてるんだよ。君と同じ、生きてる』

熱で倒れた私に、沖田さんが言った言葉。ああ、私は此処に、生きているんだと妙な気分になった。

「ふぎゅ」

不意に藤堂さんに両頬をつかまれ、変な声が出た。そして自分でも変な声が出たと分かってはいるのに、それを藤堂さんは「変な声」と指摘して笑うのだから、まったく失礼な人だ。

「あれ、そういや千鶴。今日は見回りに総司に付いていくんじゃ……」
「あ!それで紗良君誘いに来たんだった!」
「へ?」
「沖田さんも紗良君が一緒でも良いって言ってたから……」
「あー、なるほよ。でも自分は今日はえんひょしておきます。ありがとうごじゃいまふ」

そう言うと「そっか、じゃあまた今度ね」と少し悲しそうな顔をした後、笑って門の方へと走っていった。あ。何か罪悪感。

「…………って兄上、いつまで掴んでいるんですか」

そう言って手を退けると、笑って「悪ぃ悪ぃ」と謝る。この人は相変わらず憎めない人だから困るんだよ。

「なんか難しそうな顔してたからさ」
「あれ、顔に出てました?」
「うん。千鶴が気付いていたかは知らねえけどな」

此処に来て感情を隠すのが少し下手になったのか、危ないなとバレないように下唇を噛んだ。

「……お前はさ、千鶴の事嫌いなの?」
「失礼なことを言いますね。別に嫌いじゃないですよ。素直に可愛らしい人だと思いますし、本当に、女の子だなあって」
「じゃあさっきの誘いに、のっても良かったんじゃねえの?」
「嫌いじゃない、が簡単に好きという意味に繋がるわけではないんです。なんと言いますか、確かに非はつけれないと思います。男性からしたら理想の女の子この上ないでしょう。しかし……」

近くに人がいないことを確認し、言葉を吐き出した。

「そんな彼女を見るたび、私は劣等感ばかりを抱きます」

劣等感を抱く対象となる者の傍にずっといたら、それこそ自分の醜さがさらに浮き彫りになっているような気がして。裏も表もなく表裏一体の彼女の傍にいたら、凄く息がしづらくなる。嫌いではないのだ、嫌いではない。彼女が私に好意を示してくれている限り私が彼女を嫌うことはないだろう。
しかし、コレばかりはどうしようもない。

「お前はお前で良いと思うんだよな」
「……はい?」
「ほら、だって皆一緒っつーのは変な感じだろ?」
「そうですけど……」
「卑下する必要はねえよ。少なくとも俺は今のお前が好きだし可愛いと思うしな」

そう笑うと、見る見るうちに藤堂さんの顔は赤くなっていった。そして「いや、そういう意味じゃねえけどさ!!」と私は何も言っていないのに弁解を繰り返す。

「……あ、りがとう……ございます」

声を震えないように押さえると、その一言しか出なかった。なにかが、ほんのすこしだけ救われた気さえしたから不思議だ。

夕方、屯所の中が騒ぎ始めるなんて心の片隅にも思いもしない。



太陽より雨雲を好む


  助けられてばかりな自分に嫌悪感、

  
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