桜とともに | ナノ


11 自惚れなんて捨ててしまえ

明け方、此処での朝の早さに未だ慣れることのない私は、縁側で座って頭の大半を占める眠気を覚ましていた。すると、肩にポンと控えめに手を置かれ、振り替えると山南さんの姿があった。

「おや、椎名君……もう体調は良いのですか?」
「あ、はい。この通りです」
「いいですね……。私の左手は、もう良くなる事はないのでしょうが」

山南さんは左手を負傷してからこういうネガティブ発言が多くなった。でも仕方ないことのようにも思う。人間は、自分が不幸になれば心から病んでいくものなのだから。ただそれに心を痛めるほどの優しい心は、生憎私は持ち合わせていないし、気休めの言葉はきっと雪村さんからかなりもらっているだろう。
しかしまあ、反応には困るのでひとつだけ提案してみた。

「山南さん、リハビリでもしてみましょうか」
「りはびり……?」
「えーと、動かす練習です」
「気休めはよしてください。そんなもので、動くようになると?」
「では、そのままで居ますか?……それに、安心してください。少なくともそれで動くようになった方もいらっしゃいますから」

「何もしないよりもいいでしょう?」と畳み掛けるように尋ねると、「そうですね」と少し考えてから山南さんは呟き、私の隣へと座った。
こう言っていてなんなのだが、私はあくまでもただの女子中学生で専門的なやり方は全然知らない。それでもドラマなどの見よう見まねで山南さんの手を動かす。時折、「力を入れてみてください」など言って。

「1日少しずつこうやって動かしていった方が良いんですよ」

そうですね、と笑った山南さんの顔は、前と変わらない穏やかな微笑みだった。


昼頃、いつもの通り隊士さんたちに混じって稽古をしていた。周りは木刀だと言うのに、未だ私には、竹刀しか使わせてくれない。

「思うんだけど、椎名や雪村が女に間違えられるのは髪のせいじゃねえの?」
「……!なるほど!それは盲点でした!」

平隊士の方のひとりからそう指摘され、丸めた右手をわざとらしく左の掌に置き、そう声を張り上げた。
確かにこの髪型は雪村さんに被っているので、切るにはちょうど良い。寧ろ年齢や着る手間などを考慮された今の私の服装は袴姿で、その上にポニーテールなのだ。つまり、雪村さんとあまりにも被っている。いやまあ、流石に桃色の着物でもないし、あんなに綺麗な艶のある真っ黒の髪でもないのだが。加えて、それ以前にあんなに可愛くない。
それにここは勢いよく切ってしまった方が時代を考えると尚更女と疑われる事は無くなるだろう。何せ、髪は女の命なのだから。

稽古が終わり、自分の部屋へ戻ると、かつて自分の髪を肩の下あたりまで切り落とした剃刀を手に取った。そして今度は肩にかからない、それこそ平成でも男の子に間違われても可笑しくない髪型――いわば、ベリーショートと言われる長さまで切り落とした。

「剃刀って難しいな……」

どんどん不格好になってゆく、鏡に写った自分の髪型を見てそう呟くと同時、がたっと襖が開いた。

「紗良ーっ!今日街で……ってお前何してんだよ!!」
「あ、藤堂さん。おかえりなさい」
「お前……!それ左之さんが見たら卒倒するぞ!?」
「あ?俺がなんだって?………………っ紗良!?お前、どうしたんだよその髪は!!」
「え、見ての通り髪を切っていました」

顔面に堂々と浮かび上がるのは絶望やショック。私にはそれが解せない、別に私の髪の毛なのだから良いじゃないか。
溜め息を吐くと、部屋には永倉さんも入ってきて、原田さんや藤堂さんと同じように叫んだ。

「紗良ちゃん!?そりゃねえよ……!」

よほどショックを受けているのかがっくりと肩を落とす3人。

「で?御用は?」
「あ、ああ……いや、ほら、やっぱりいいわ……」
「気になるのですが。……あれ?その手に持ってるのって、」
「あ、いや!良いんだ!!」

バッと後ろに回された藤堂さんの手掴んでは、半ば無理矢理私の目の前へと持ってくる。その手に握られていたのは、

「簪……ですね。綺麗な桜の飾りが付いて……」
「平助、もう見られちゃ仕方がない。正直に言えよ」

原田さんにそう促された藤堂さんの顔が、徐々に赤くなっていっているのが手に取るように分かる。

「……ああもう!!こ、これ、お前にやろうと思ってさ……!でも、その髪じゃ意味ねえよな……ごめん」

何故謝るのかが私には理解できなかった。
それ以前に、私は普段男装をしているのにコレはどういうことなのだろう。髪型よりもこっちの問題だと思う。

「いや、謝る事では……。それに、私なんぞにくれること自体が嬉しいです」
「あ、そういや紗良ちゃん、俺と左之からもな」
「「へ?」」

藤堂さんと私の声が重なった。藤堂さんも知らなかったようだ。

「左之さんと新八つぁんもかよ!!」

永倉さんの手から手渡されたのは可愛い綺麗な、見たことのない容器だった。開けてみると、ふわりと甘くて優しい香が漂う。

「香を見るのは初めてか?」
「はい。良い香りですね」
「あー、良かった!何が気に入るかわからなくて、散々店ん中で左之と悩んでてよ」

頭を掻きながら照れくさそうに永倉さんはいう。
沖田さんと言い藤堂さんといい原田さん、永倉さんと言い……一応私は男装している身であり、同じ女に上げるのならば雪村さんにあげた方が良いと思うのだが。

「ありがとうございます……」

ああいけない、口元が緩んでしまう。いや、多分先ほどから緩みっぱなしなのだろう。素直に嬉しいと思ってしまうんだ。愛されているなんて思ってはいけないのに。期待してはいけない。分かっている、コレ以上甘えてはいけない。
なのに、

「それと、先程髪の長さを考慮すれば、簪は意味がないと言いましたが藤堂さん。分かってないですね、平成の世の髪型は沢山あるんですよ?」

そう言って髪の一部を左上でくるくるっと小さなお団子にして、簪をさす。

「確かに少し長いかもしれませんが、これじゃだめですかね?」
「あ、いや……」
「いいじゃねえか紗良ちゃん!可愛いぜ!!ちょっと香もつけてみるか!」

首元にすこしつけてみると、ふわりと香が広がった。

「香っつーのは不思議だな、妙に色気が出てくるぜ……。まああれだ紗良、もう頼むから髪が伸びても切らないでくれ」
「考えておきます」
「……どうせその様子じゃ、慣れてねえんだろ?」
「まあそうですね」
「斎藤に頼んで整えてもらえ。一人で切って女の髪がそれ以上短くなるのには耐えられないしな」

それを言われてしまっては反論できないな。沖田さんから貰った着物が入っている所に、香道具と簪を入れて、怒られるのを覚悟で斎藤さんの部屋へと向かった。


「失礼します」と襖を開けると、刀の手入れをしていた斎藤さんが眼を見開く。

「……その髪は」
「失敗してしまいました。手直ししてもらいたいのですが」

ため息をつかれた後、そこに座れとの指示を受けたので斎藤さんの前へと座った。

「……"向こう"では剃刀は使わないのか?」
「それどころか自分で自分の髪を切る機会もあまり……前髪は別として」
「慣れぬ事をするからだ」
「すいません」

頭を動かさずそう詫びると、シャッシャとリズムの良い音が後頭部から聞こえてくる。ハサミの音とは大分違う。

「椎名。できたぞ、見て…………」
「?斎藤さん?」

言葉が止まった事を不思議に思い振り返ると、首筋にすっと斎藤さんの顔が近づいた。何をしているんだこの人は、と流石の私も目を皿にしたが、当の本人はそんな事お構いなしに、「ああ」と呟いた。

「妙な匂いがすると思ったら……。香を付けているのか」

意外だな。と私の顔を見た斎藤さんは、その近さで初めて自分の行いを自覚したのかギョッと目を丸めた後「違う」と即座に距離を取った。

「……そういう事よくないと思いますよ」
「違う。あんたからよく分からない匂いがするから、何なのかと……いや、でも、そうだな。すまない」
「別に私ですからいいんですけどね。これが雪村さんなら一大事ですよ」
「おなごにそんな事をする訳がないだろう」
「私をなんだと思ってるんです?」

あれだけ勇気を出したというのに、この人はあの雪の夜を綺麗さっぱり忘れてしまったのではないかというくらい曇りのない眼だった。別に特別女扱いされたいわけでもない、寧ろ女扱いされたくない。が、こうもありありと言ってのけられると若干苛立ちが芽生えるのは仕方のないことじゃないだろうか。

「香をね、原田さんと永倉さんからいただいたんです」
「ああ、そういえば街にいくと言っていたな。平助があんたと雪村に何かをと言っていた気も……」
「斎藤さん。藤堂さんは私に、そして恐らく雪村さんにも、偶然目についたからという理由を付けているんですから野暮な事は御法度ですよ」
「……、それはすまない」
「でも、よかった」
「なにがだ?」
「私はこの髪のせいで、愕然とさせてしまいましたから。雪村さんなら安心です」
「あんたの場合その性格もあると思うがな」
「失礼な。嬉しい事は嬉しいと口にしますよ」

それは意外だな、と悪びれた様子もなく、ただ素直に口にする彼には調子が狂う。しかしこんな軽口を叩けるような相手ができるとは思わなかった。そう思うと、少し楽しい、なんて思ってしまう自分がいる。


自惚れなんて捨ててしまえ


  愛されるような存在ではないことくらい知っているだろう



181123 一部加筆修正

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