10 子供みたいな無邪気な人 熱が引いたのが確認され、私は再び稽古に参加し始めた。山崎さんには、どうして一緒に包まって寝ていたのかと半ば怒られながら問われたりもしたが、熱があったからと一点張りで通した。すべてを熱のせいにするのが、一番賢いと思ったからだ。
「お、紗良!もう大丈夫なのか?」
「はい!ご心配おかけしました」
「俺らより藤堂さんの方が心配してたけどなー。流石は兄弟、ってとこか?」
「はは、兄上は心配性ですからねー」
いつも通りの愛想笑いを、心配してくれていた平隊士さんたちに向ける。うわー私本当テンション高いなー。いや、他人事のように思っていながらも、実際自分のことなのだけれど。
「……なあ、紗良……。雪村って、本当に男なのか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「袴は桃色だし……顔とか」
「女顔だからというなら俺はどうなるんですか」
はははと笑いながらそう言うと「そうなんだよなあ……」と腕を組んで悩んでいた。
こういうときは自分の女要素を自主的に取り上げていた方がいい。変に自分に話が廻ってこないようにすれば、それこそ不審だからだ。
「お前は不思議と女には見えないよな。顔は女顔なのに」
「雪村さんもそういう感じじゃないですかね?」
「……ま、たんに俺らと距離を取ってる感じがするからかな。女はなかなか男と話したがらない感じがする」
「幹部さんたちと沢山話してますよー!」
「そこらへんとは、な」
ゲームでは分からないと思われる平隊士さんからのイメージというものか。……いや、もう此処は私の現実だっけ。
「紗良君、行くよ」
沖田さんに話しかけられ、今日は沖田さんが案内してくれると言われたことを思い出した。本当は永倉さんと原田さんと藤堂さんが案内してくれる筈だったが、私が熱を出したせいでその約束は後日に。そして今日はと思えば3人揃いもそろって隊務があるらしい。3人ともがあいている時にでもゆっくりと連れて行こうと言っていたところ、沖田さんが「なら僕が案内するよ」と提案し現在に至る。
話していた平隊士さんに「行ってきます」と告げ、沖田さんが待っている傍へと駆け寄った。
「手でも繋いでいく?」
「衆道と勘違いされても知りませんよ」
「……君は本当他の隊士の前と僕たちの前じゃ態度が違うね、面白いや。でも、本心はいまいち掴めない」
「そういう話は今日は無しにしましょうよ」
衆道というのは現代でいう男性の同性愛主義者みたいだ。私は此処に来てたくさんの言葉を覚えた。カタカナ言葉が使えないのは不便だが、郷に入っては郷に従えという感じで。
歩いていると、不意に沖田さんが口を閉じた。視線の先には、呉服屋さんの前の人相の悪い男達。「不逞浪士か」と、小さく沖田さんが呟いた言葉に首を傾げる。そんな私を見ては、道の端へと移動させ、にこりと微笑んだ。
「いい?紗良君。ちゃんと眼を瞑って耳を塞いで、ゆっくり五百を数えてね」
「え、」
理由は分からないけれど、言うだけ言えば沖田さんは私に背を向けてその男達の方へと近付いていったから、大人しく言われた通りに眼を瞑って耳を塞ぐ。真っ暗な静寂の中で、ゆっくりと数を数える。まるで、かくれんぼみたいだ。いーち、にーい、さーん……。小さい頃、友達と何度も繰り返しては、隠れるときは見つけてもらえないことを恐れ、あまり分かりにくい場所には隠れられなかった。鬼は鬼で、まるで独りぼっちになったかのような感覚に襲われて怖かったから、云えば私はかくれんぼと言うものが好きじゃなかったんだ。
「……499、ごーひゃく。……もーいいかい」
「もーいいよ」
まさか返事が返ってくると思わず、ぱちりと眼を開ければ何食わぬ顔した沖田さんの姿があった。「かくれんぼ、気だったの?」とくすくす笑うので、「そうだとすれば、沖田さんが敗けですね」と同じように笑った。
「終わったんですか?」
「まぁね。お待たせ、それじゃあ行こうか」
「ま、待ってください!お侍さん!」
声を掛けられた方向へ眼を遣ると、先程男達に絡まれていた男性が沖田さんの方に駆け寄ってきた。どうやら話によると、その呉服屋の主人らしい。
「先程はありがとうございました……!お礼と言っては何ですが、着物をひとつ貰ってやってくれませんか。あんまり高価な物は置いてへんけれど」
店主が頭を下げるものだから、沖田さんは少しだけ苦笑して、「いいんですか?」とこの申し出を受け入れることにしたらしい。
呉服屋に入るや否や、沖田さんの眼が止まる。何かあったのかと視線を辿れば、桃色の桜が散りばめられた淡い黄色の着物だった。綺麗だ。素直にそう思った矢先。
「君に似合いそうだね」
「……嫌味ですか」
似合う筈がないだろう、あんな綺麗な着物なんか。外と言うこともあり、「というかあれ女物じゃないですか!」と抗議を入れる。
「綺麗だと思う?思わない?」
「とても綺麗だとは思います」
「そう。ねぇ、この着物もらえる?」
そう、沖田さんが店主に向かっていったんだから私は眼を見開いた。思わず言葉を発しそうになった瞬間、一人の人物が浮かび上がる。嗚呼そうか、あの少女なら、確かに似合う事だろう。
「沖田さんも案外隅に置けませんねぇ」
「君が何か凄く勘違いしていることは分かったから言うけど、君にだからね、紗良君」
……。…………。は?
「御主人!今すぐそれ包んでるの取り下げてください!!」
「僕にって言ってくれてるのに、どうして君が決めるのさ。男なら腹括りなよ」
「俺に女装させるつもりですか……!」
「うん。沢山遊んであげるね、弄りがいもありそうだし」
「嫌な予感しかしない!沖田さんがしたらどうです?!似合うと思いますけどね!!」
「そっか、後からその頬を両方と伸ばしてあげる」
咄嗟に両頬を抑える私を見て、けらけらと軽やかに笑った後、包まれた着物を沖田さんは主人から受け取った。「坊主も大変だな」と向けられた憐れみの様な視線に苦笑して、店を出た沖田さんの背を追いかけた。
「沖田さん!どういうつもりですか」
「なぁに、僕はただ似合うと思ったからあげるだけだよ。それにしても、君って本当人前だと態度違うよね。何度も笑いそうになったよ」
「そういうことは問題じゃありません。男物のでも買えば良いじゃないですか。いただけませんよ」
「特に眼を惹くのがなかったからね。いいじゃない、待たせちゃったしね。あげるって言ってるものをあんまり断ると、失礼に当たるって分かるでしょう?」
そう言われると何も言えなくなる。嬉しくないと云えば、それは嘘だ。ただあまりに綺麗で、醜い自分を恨めしく思うだけで。着物を受け取り、「ありがとうございました」と小さく呟けば、「どういたしまして」と返ってくる。
「ねぇ沖田さん、人助けでもしたんです?」
「どうしてそう思うの?」
「呉服屋の店主さんが、感謝してましたから」
「……羽織を来ていたら、逃げるくせに、ね」
え?と聞き返せば、なんでもないよ、と沖田さんはにっこりと笑う。これは何となく、深く聞いてはいけない笑顔だと思って、話を逸らした。
「……そういえば、どうして先程、眼を瞑って耳を塞がせたんです?」
「これから組で過ごすなら見せた方が良かったのかもしれないけど、非番の日に態々見せるものでもないかなって」
「?」
意味がよく分かっていない私を余所に、「どこか行ってみたいところある?」と沖田さんに尋ねられたので、あたりを見回してみるとほど良い感じの甘味処があった。着物の裾を掴み、進んで行こうとする沖田さんを引き止める。
「どうしたの?」
「あそこ寄りません?」
甘味処を指差すと、「やっぱり女の子って甘いもの好きなの?」と私にだけ聞こえるような声で聞かれた。否定はできないが沖田さんが好きそうな感じがした、というのが一番だ。
甘味処の前にある、赤い布がかかっている台に腰をかける。こういうのは大河ドラマや時代劇などでしか見た事が無かったが、本当にあったんだなあとしげしげ眺めていると、沖田さんに「そんなに珍しいの?」と馬鹿にするかのように笑われた。否定できないから恥かしい。
「なにがお勧めですか?」
「んー……金平糖とか?」
なるほど、金平糖が好きなんですね。こっそりと店員さんに金平糖を注文し、代金を支払う。
「沖田さん、着物のお礼です」
それを沖田さんの掌の上に置いてそう言うと、少し驚いたような顔をした。ああ、こういう顔もできるのだな。
「君、お金持ってたの?」
「井上さんがお駄賃としてくれました。……つまり私からと言うよりも、井上さんからかもしれませんね」
「そんなことないよ、ありがとう」
笑った、笑った。沖田さんが、笑った。いつも見たいな腹の見えない笑顔じゃなくて、それこそ本心というか、素に近い笑顔のように思う。無邪気な、子供みたいな笑い方をする人だと思った。
「……何?」
「いえ。ただ、可愛い人だと思っただけです」
ああ、こうやって見てたら意外にも表情が変わるんだな。面白い。
子供みたいな無邪気な人
少し可愛いだなんて、
150215 修正
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