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 彼女がこの家を離れて1週間と2日目が経とうとしている。空を見上げると、弓張り月がキリキリと悲鳴をあげていた。まるで自分じゃないか、と零してしまいそうになり慌てて口を噤む。口にしてしまえば、どろりと重たい塊が身体にへばり付いて取れなくなりそうで、ぐっと胸の底へ押し込めた。これでまた渇いて枯れていくような胸の痛みと向き合うことになるのだけれど、今の自分にはいい痛みだ。何処までも痛め付けて貰わなければ彼女に向ける顔がない。

 あの日、ライトさんは大きなバラの花束を抱えて帰ってきた。あまりいい気はしなかったけれど花に罪はないため特に出所を聞くことはしなかった。花瓶に移し替えようとした時にひらりと落ちたメッセージカードに目を通すまで。
 なだらかな字で書かれたメッセージと電話番号を読んで、はっきりとした怒りで眩暈がした。わざわざ目を通さなくてもよかった、と気付くももはや下衆の後知恵で。

「"今度一緒にお食事でも"、…誰ですかこれ」
「ホープ、違うんだ」
「何が違うんです」

 血が煮えて全身を駆け巡り、彼女の弁解に次々と言葉を被せて一方的に罵った。口からは頭で考えなくとも絶え間無く汚い言葉が勝手に飛び出し続け、やけに冷静な目は彼女の顔が戸惑いに変わっていく様子を傍観していた。
 ようやく暴れる口を止め謝罪しようとしたところで、彼女はぱたりと涙を落として家を出て行った。
 「お前は、私を信じていなかったんだな」。去り際の、まるで魔物に向けるかのような視線と震えた声が脳裏に焼き付いて離れない。
 「子供」である自分はまだ彼女を包み込むことも支えることも出来ない。何時だって劣等感が佇んでいた。それでも傍に置いてくれる理由は何なのか。彼女にとって自分はなんの価値があるのか。この疑心暗鬼が自分の背後に覆い被さった瞬間、刃は真っ先に彼女に降り懸かった。

(「ライトさんには、相応しい男性がいるじゃないですか、花束をくれるような年上の」…なんて馬鹿なことを、)

 認めたくないことを、明らかに真実ではないことを、無下にそうだと決め付けて塗り付けてしまった。反駁する隙を与えないで、そのくせ自分は言いたいことを言うなんて幼稚にも程がある。
 自身を保つための信頼と、彼女が持ち寄る信頼が打ち砕かれた瞬間だった。もう修復など出来ないかもしれない。3年間、丁寧に積み上げてきたものがものの数分で崩れ去ったのだ。

 カーディガンも無しにシャツ一枚で飛び出して来てしまった。夜の風は冷たい。いや、風のせいでもシャツのせいでもない。答えは分かっていた。
 電話をしても通じないし、かといってセラさんの所へ行くのも躊躇われるし、学校に行っても集中できない。ご飯だって真面目に作らなくなった。全ては喪失感のせいだ。呪いを掛けられているように、時間が経つに連れてより酷く冷えて渇いていく。
 謝る機会すら与えてもらえない。それだって、自分のせいなのだけれど。

「よお、こんな時間に出歩いちゃ危ないぜ」
「…サッズさん、」
「なんだ、元気ねぇな。ははぁン、…姉ちゃんか」
「…」





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