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優 し い 檻



 冬となれば空気も冷たさに透き通るのか、空はどこまでも澄んだ深い色をしている。まるで流氷のような雲の下にある月や星を眺めていると、突き刺す冷気のせいで凜とした高揚感が身体を満たした。
 吐き出した瞬間から散っていく息が、叙情的にも寒さを知らせてくれる。

「湯冷めするぞ」

 後ろからかけられた声の主は宮城先輩だった。宮城先輩は、こういうふうに人一倍心配性だったり、面倒見がよかったりする。
突然話し掛けられたとき一瞬だけ期待が溢れるのは、そういうところが寛と似ているからかもしれない。いくら甘えても縋っても拒絶されないだろうという絶対的な安心感を与えてくれる宮城先輩は、誰にとっても心地のいい存在なのだろう。

 (きっと、寛も。)

「おー、星が」

 肩を竦めながら空を仰ぐ宮城先輩と満天の星空を、天音はぼんやりと視界に入れた。


「…こんなん見てると、自分は存在していいんだって思えるんだよ、俺。」

 少し湿った風が自分を弄び始めたのに、気にもならなかった。

 腕をきつく組んで寒さを堪えているこの人が、なぜわざと世に溢れた言葉を使ったのかが知りたくて、首を傾げ続きを促す。

「…余計な計算や邪念を持ってることは勿体ないと思えて、明日は我が儘を言うぞって」


 他人に手を差し延べてばかりの彼が自分の思考を口にしているところを見た記憶がない私は、それがまた何か、誰かのために発せられているような気がしてならなかった。

「猜疑心の塊であることが大人じゃない…って思ってるだけだけどさ」

 宮城先輩は視線を雲に隠れるオリオンに向けたまま、その一文字一文字をはっきりと発音した。やはり自分に伝えようとしている。私は確信した。自身の中枢の代弁者の言葉は核心を突き、一瞬で溶かしていく。その熱はじわりと全身に広がるようだった。
 流氷の隙間から覗く月の周りに、丸い虹がかかっている。ほだされた熱が溢れないようにそれを見つめた。

「…例え年格好が大人でも、純粋に好きなものは好きだと思えなくちゃいけないとも思うしさ」

 吐息のように湿った風の中で、宮城先輩の乾いた笑い声が揺れた。私が彼を見ると、穏やかなその目で見つめ返される。それは保護者のような、兄や姉のような、お節介な友人のような、とても柔らかなものだった。

「…宮城先輩、好き。大好き」


 舌の上でできるだけ丁寧に転がして吐き出していく。

「うん」

 宮城先輩は全てを知っているように頷いた。

「でも、寛とは違う」


「それでいいと思う」

 流氷の中でちかちかと星とは異なった色を煌めかせながら、私の知らない行き先を目指して飛行機は飛んでいく。










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