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嘘 吐 き の 舌 の 味



 つまらない事で目を覚ましてしまった、と後悔した。枕元のアナログ時計は午前4時を示している。鼻腔に抜ける冷気で頭も冴えきり、二度寝は難しかった。
 コーヒーを飲もうと起き上がる際持ち上げた布団の下に、誰かがいると気付いた。毛先のゆるやかなカールと、色素の薄いこの髪は天音のものと認識する。

「…」

 昨夜天音が来た記憶はない。最近、部屋に入ってくることすらなくなっていたのに。
 丸まる天音は制服のままだった。オートクチュールのそれは、天音の持つ上品さを醸し出す扶助をしている。Aライン長めのワンピース型。そして、深緑のネクタイ。

(懐かしい)

 目を覚ます気配のない天音をそのままにしようと決め込んだが、制服がシワになるといけないためネクタイを緩めようとしたときだった。
 ネクタイの裏の、Hiroshi.Iの銀色を見た瞬間、目は何度も焦点を合わせ直す。
 明らかに天音のものではない。いつの間に、自分のネクタイを見つけた
のだろう。実家に帰った話を聞いた記憶はない。とすると、天音は中等部のときからこれを使っていることになる。

「…」


 結論が目の前にあるにも関わらず、次々と生まれる疑問によってたどり着くことを阻まれた。天音は自分を好いているのだろうか。もとから感情表現が得意でない天音だから、こういうふうに物体を通して表すしかなかったのかもしれない。許婚がいると嘘を告げたのは、いつだったか。どんなふうに戸惑い悲しんだだろうと考えるまでもなく罪悪感が打ち寄せてくる。

(嫌だと、思ってなかった…?)

 9年前はよく天音と行動していた。年の割には甘えたで、手をつないでいないと眠れなかった。巡らせた記憶にそれを見つけ、何となしに軽く握られた手を開いて、繋いでみる。

「…ひろし?」
「…ああ、おはよう」


 名前を呼ばれ、視点を手から顔へ移すと天音と視線がかちあった。天音の体は小さく痙攣し、息ばかりの小さな声が宙に浮かぶ。

「あ、ごめん…なさい」

 天音が解こうとした手をまた握り直すと、天音は一瞬止まった。しかし、なんで、どうしてと言うことは野暮に思えた。少なからず機微を感じ取ることはできる。

「…来るなって、言ったことがあった?」

 ふ、と音を立てて吐かれた息の後、繋いでいないほうの手で目と鼻の間を隠しながら、天音はわずかに首をふった。淡い色の髪が揺れ、遅れて毛先のカールがもとの形に戻る。

「じゃ、謝らなくたっていいよ、天音」

 これを言い終えたとき、天音の気持ちを知らなかったことにしようとした感情が表立っていたことに気付いた。
 自分に気を遣ってなかなか入って来れなかった心情をわかっているのに、無かったことにするため事実をごまかそうと無理に捻り出したものだったのだ。

「だって、…不法侵入は犯罪よ」

 そんな罪悪感に苛まれているのを知ってか知らずか、天音はもっともらしいことを口にして合理化することで自ら感情を封印した。
 しかし自分はまたそれに気付かなかったふりをして、天音の必死なごまかしを正当化させるために嘘をつくことを選んだのだった。

「いいのに。鍵渡しているんだから、ね?」











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