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 ふとした瞬間に好きと言いたいと思ってしまって困る。好きとか愛してるっていうのは今の時代、安っぽくて簡単で薄っぺらい言葉になってしまったと思うから言いにくい。でも、それでしか表せない。二つとない確実な愛の言葉(彼専用でないと意味がない)を伝えることが出来たらどんなに幸せか。存在するなら絶対、飽きることなく呟いているはず。だってあたしは、名前を呼ぶことすらまだ自然にできないのだから。


 クラクションが鳴って車窓が開き、声をかけられ、突然のことに物騒な話が頭の中にたくさん浮かんだけれど、声の主をよく見るとそれは見知った人だった。夜中にクラクションは迷惑だと思いますけど、といっても辺りは決して静かではない。


「名前、こんな時間に出歩くと危ないぜ」
「そうですね」


 即答した私の肯定にくしゃりと困ったように顔を歪め頭をかいた。


「帰り?」
「はい」
「じゃあ、家まで送ろう」

「あ、いいんです。まだ…」


 会話と会話の少しの間にたくさんの意味をとってしまったらしく、聞きにくそうに、遠慮がちに青い目でちらりと私を見た。車窓から乗り出すストラトスさんとの微妙な距離は、辺りが静かになることを恐れていた。どうか、話が終わるまでエンジンを切りませんように。


「…帰りたくない理由でもあるのか」


 深刻な声色で尋ねられると怯んでしまう。なぜなら、私が帰りたくない理由はとくになく、ただ夜の街を歩いて、散歩がしたかっただけなのだから。コンビニに寄って話題のスイーツなんかを街灯まみれのベンチで食べたりという、歪んだ大人のイメージを実行してみたいな、とただの気まぐれで少しどきどきしながら歩いていただけ。
 だけど理由を強いて言うなら、


「ストラトスさんに会ったから、」


 心の声のつもりだったのに、口に出してから恥ずかしくなった。飛んで行った言葉は収拾不可能で、出来るならそのやわらかそうな髪に埋もれた耳に届く前にとけていてほしい。顔がかっと熱くなり、でも平常心を装う、普通に、フツーに。

 ストラトスさんは少し目を開いて私を見ていた。目があった瞬間、熱を運び始めた心臓をどうにかして止めてしまいたかった。
 私から視線を外し窓から身を乗り出して、私とは対照的に落ち着き払った滑らかな動作で車を降り硬直する私の頭を一度軽く叩いてからぐしゃぐしゃと動かした。


「乗れよ」


 声があまりにも優しかったから素直に頷き乗り込んでいた。静まり返った空間で、鼓膜の中に「乗れよ」だけがこだまする。




080121
シチュエーションが謎



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