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 00:00。ケータイの画面で、日付が変わった瞬間を見た。私には何の思い入れもない日が始まる。私には関係ないけれど、この広い宇宙の何千人か何万人かが誕生日や命日や記念日を迎えたりしているのかもしれない。おめでとう。ご愁傷様。心の中で思い付く限りの言葉をかける。家の周りは静かで、世界が終わってしまったのかと思った。
 オオサンショウウオくんを握ると、眩しくて目が痛い。もう二分経っていた。布団の中に潜り込むと、少し酸素が足りない気がした。海に飛び込んだり、蓋のない空を飛んだりすることと同じなのかもしれないと思った。海の底で、遥か上空で、私というちっぽけな存在は、人類の歴史のけしつぶにも至らないのだろう。


 
04:38。アラームが鳴る2時間前に秒針の音で目が覚めた。まだずっと早いけど、二度寝が出来ないほど頭と体が起きてしまっている。近くでバイクの音がして、遠ざかっていった。また秒針の音が部屋に響く。世界に音が無くなることはないのだろう。お兄ちゃんは当直だし、散歩に出てみることにした。普段と違うことをするのは、絵本を読み終えたあとのような胸騒ぎがする。


 
07:28。制服を身に纏って家を出た。毎日聞いている音だけど、今日になってから初めて聞く音が溢れかえる。校門をくぐって見つけたしゃらしゃら揺れる長い髪も、おはようという挨拶も、今日初めて見聞きする。当然のことなのだけど。
 眠そうにもたもたと歩く横に並ぶと、張り切る私の足を持て余すことになった。


 
13:02。いつもどおりカフェに集合すると、売店にいるおじさんが誕生日らしく、飴を配っていた。自分の誕生日なのに、とナナちゃんが笑う。私の家の周りはどこも静まり返っていたけれど、おじさんの家は浮足立っていたのかもしれない。おじさんは飴を配ることを思い付いて、楽しみで眠れなかったりしたかもしれない。誰かの大事な日が、私にとって何でもない日なのは、なんだか申し訳ない気がした。


 
16:40。格納庫から、飛び立っていくみんなを見る。バーを握って、猛スピードで前進し、翼の生えたみんなは風を捕まえて空へ舞い上がる。傾いて燃えはじめた今日の夕焼けに照らされて、きれいだった。
 後ろから聞こえた、カコカコという音に振り向く。おじさんから貰った飴を楽しげに歯に当てるミシェルくんだった。意外、と笑うと、滅多にしない、今日くらいだと焦っていた。私は、嫌いじゃないけどなあ、今日だから聞こえたその音。


 
21:12。オオサンショウウオくんがメールだと騒いで光っていた。今夜はバラ星雲が見えるぞ、とアルトくんが画面の中で笑う。なんたらポイントという場所を通過するから、運よく見えるらしい。進むばかりで戻らない船だから、二度と近付けないかもしれない。カメラを構えて、星雲を探した。


 
23:57。布団の中で縮こまる。バラ星雲はそこそこきれいに撮れた。あと三分。180秒は長いようで短い。
 明日は早朝散歩をする時間がないかもしれないし、おじさんの誕生日も幕を降ろすし、ミシェルくんも飴をカラカラしないだろうし、バラ星雲は離れてしまう。
 布団の中に潜り込むと、少し酸素が足りない気がした。海に飛び込んだり、蓋のない空を飛んだりすることと同じなのかもしれないと思った。海の底で、遥か上空で、私というちっぽけな存在は、人類の歴史のけしつぶにも至らないのだろう。
 あれ、何だか同じことを何度も考えている。そう気付いたときにはまた、誰かにとって特別な日が始まっていた。




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