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 氷の上を滑る空気は、まるで早朝の山奥に潜む霧のようだ。真面目な顔で呟いて白い頂を愛おしそうに見上げた彼に、そうだね、と頂を見上げながら私は微笑んだ。彼の眼差しを見た私はふと、以前学校で学んだ地球という惑星を思い出す。目を輝かす彼に何が魅力なのかと聞くと、上限のない空があるからだと言っていた。そこには想像もできないほど深い海があり、気候も予測でしかわからないという。たった50年前の話なのに、全く現実味がない話だった。
 私はそこに行きたいと思い続けていたものの、それは叶わない話だった。第一次星間戦争で地球が壊滅状態に陥っ
たために地球からこの移民船団が旅立っているのだから。

 ギャラクシーツアーでフロンティア船団を旅立った彼女から着信があった。髪をかきあげた彼女が、久々の対面だというのに口を開くなり「あなたも忙しいわね」なんて言うものだから一緒にいたときを懐かしむ間もなかった。
 シェリルさんだって忙しいのに、とマンゴージュースを一口飲んでから尋ねれば、ついこの間負けちゃったからねと苦笑した。ユニバーサルボードで、たった一週だけ彼女を抜いただけなのだけど。今では一位に彼女が座っている。やはりこれが落ち着く景色だった。
 「エデンはどんな惑星ですか?」と尋ねると、彼女は温かな息を込めて「地球に限りなく近い惑星よ。きっと、地球はこんなかんじ」と言った。それとあちらは、林檎がこの上なく美味しいらしく、街のあちこちにケーキ屋があるという。

 深呼吸をした私の視線の先では、地球に思いを馳せる彼の睫毛が高揚し震えている。「アルトくんは、アップルパイとか好き?」「嫌いではないな」「よかった、ここは林檎が美味しいみたいなの」。ライブが終わったら、シェリルさんに会いに行こうよ。と一息で言い終わったあと、彼はたじたじとしたように肩を竦めた。

 かつての歌姫のパフォーマンスが大好きだという彼女は、この惑星でのライブにいつもよりずっと特別な思いをこめているのだろう。だったら私は尚更地球に訪れてライブがしたい。なんて。無理は承知している。夢だけ見ている。

「地球の始まりは、林檎の木と言ってもいいくらいって、先生が言ってたね」

 寒さを吸い込んだ肺と、心の凪ぎは似ているような気がした。





091224



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