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ミシェルくんがよく、うちの長男長女と次女は落ち着きがないって笑ってたっけ。ミシェルくんが言う家族幻想は、どういう基準で私が次女になるのかよくわからない。誰が親で誰の子供なのかわからないし、年の順で言ったら他にも該当するひとはわんさかいるようにも思えるのに。
「まあ、雰囲気だよ」
あんな適当なことばっかり言ってるから、軍人さんのくせにいつまでも犬嫌いなんだ。
昔、一回だけ二人で大泣きしたことがある。正確には、シェリルさんが泣きそうな顔をして私を見つめていただけで私一人が大泣きしたのだけど。
進むべき方向に翻弄されて苛立ちを抑えきれなかったアルトくんと、仕事に追われるシェリルさんが別れるっていうくらいの大喧嘩をしたとき、私はすかさず立候補して迫りこんだ。
結局、長男に逆らった長女と次女が手を繋いで家出したような結末だった。勢いで出て来たはいいものの、あてもなくこれからどうしたらいいのか判らなくて自身を保とうとしながらも不安定になった長女が、戻れなくなった家を嘆いて悲しんだから、次女は、私は、ただ悔しかった。
私の中に彼女はいても、彼女の中で私は1番じゃないのだと。逃避に凍えて抱きしめたけど、私の背に腕は回ってこなかった。そのときの私は、長男から奪い取ったっていう優越感と、早く帰らせてあげたいという気持ちでとにかく必死だった。
喧嘩と家出ごっこも終幕に差し掛かった時、案の定思索の失敗をたたき付けられた。
なぜなら、なんでもこなす長男に、勢いだけで長女を連れて逃げた頭の悪い次女が叶うはずもなかったから。
迎えに来た長男が長女を説得して、というよりは寧ろ、彼は彼女を溺愛しているものだから、目をつぶって抱きしめていた。彼女の手はようやく背に回る力をつけた。
あれから、私はずっと「要領の悪い次女」とからかわれはじめた。同時に、私と彼女は仲のいい家族みたいなものに収まっていった。もしかしたらよくある話なのかもしれない。割り切れない人数の兄弟が、お互いを溺愛するあまりに取り合うことは。こういう場合、末っ子はたいてい間が抜けていて、当て馬のような役割しかしないけれど。でも、そう理解していても無理だった。次女だって、好きで次女になったわけではない、きっと。なんだかんだと、長女も次女も、長男が大好きなんだ。だから、そんな家族幻想でもそれなりに楽しかった。知らず知らず、居心地は良かった。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい!」
間接照明の中、私服でいる彼女から久々にプライベートな面を感じた。ああ、やっぱり綺麗だな、と少しドキリとする。けだるそうな目元や、覇気のない足取りは、今も狂おしいほど憧れる「大人の女性」なのだから。
おろした髪を額からかきあげるときに、見慣れないピアスが見えた。片方はいつもどおりの華やかなもので、初めて見るもう片方は爪楊枝の先ほどの石が、ぽつりとついているだけの、とても地味なものだった。
きっと、当たり障りのないように、そうは言っても丁寧に、彼が選んだものなのだろう。金色のそれに付いたプラムブルーの宝石。彼女の髪で、彼の瞳の色。彼の髪で、彼女の瞳の色。
そこに私の存在は、なかった。
無理だ、それ以上は目を反らさないと虚しくなる。叶うはずのない自身の空しさに、私はどこまでも苦しくなって、愛しているひとの前で息を噛んだ。喉がおかしくなって、声が詰まって息苦しい。両手が震えて膝の力が抜けていく。
「ランカちゃん!?」
顔色を変えて駆け寄ってきた優しさに顔向けできないほど醜い私は、その情けなく泣いている顔を彼女にありのままに見せてしまって、どこまでも醜態が止められなかった。
「わ、わたし、どこまでぶざまなんだろう…」
「…無様?どうしたの」
抱擁をくれる彼女が、甘くて優しくて温かくて、それでも私はたどり着けないものを望んでしまう気持ちでいっぱいだった。彼女の指が、私の頬をそっと包んで離れないでいてくれる。
「ランカちゃん」
長男も次女も、長女をどこまでも愛している。長女が好きで大事にしたいのは、三人とも同じ距離を信じていたから。けれど、この私でどうしろと、この私で何ができるのだと。要領が悪くて、できそこないの次女が帰る家なんてないんだ。
だれど、もうそれでいい。
あそこで、あの場所で、彼女に必要とされたかっただけなのだと、わかっただけよかった。
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