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「フロンティアの夏は相当暑いのね。あんたも参ってんの?大丈夫?」

 いつもは腰までたゆたう長く厚い髪も、さすがに今日ばかりは結い上げられていた。さっき貸した扇子をぎこちない手つきで動かすシェリルに見下ろされている俺は、熱を放っていくコンクリートに身を任せてだらけきっているだけである。

「あっ、そうそう」

 暑いのに、何故にここにいるのか、それは単純な理由だ。
 影があるから。
 それだけ。
 他意はまるでない。

「えいっ!」

 突然冷たいものが頬に当てられ、苛立ちのほうが先立った俺はものすごい速さで上方へ向いた。

「びっくりした?」
「…んだよ」
「こーゆーの、夢だったのよ!」

 シェリルが持っていたのは透明なボトルに入った、涼やかに輝く炭酸飲料だ。そういえば今、この清涼飲料水を宣伝しているのは他でもなくこいつである。
 そのコマーシャルは、スクール水着の上にTシャツを着たシェリルが、プール掃除を終えた(よほど目に印象がないのか頬から下しか映らない)男の頬に冷えたボトルを押し付ける…という在り来りなものだった。しかしこれが男子学生に留まらず社会的ブームをも巻き起こすコマーシャルになりつつあることは間違いない。
 この飲料を買えば爽やかな妖精に化けたシェリルが現れるわけでもないのに、馬鹿な男どもはこぞってこれを買う。俺には理解しがたいものがそこにあった。何たって、妖精とは程遠いわがままな女王様を毎日毎日見ているのだ。

「撮影でたーくさん頂いたの」
「そーか」
「だから、あんたにもあげる!」

 半ば力ずくで受け取らされたそれは、俺の頬も手もぐっしゃりと濡らすほど見事にだらだらと汗をかいていた。さらに、泡の吹き出方的にも、量的にも、明らかに一口以上は飲まれている。

「これ飲みくさしじゃねーか」
「間接キスよ、喜びなさい」

 …ああ、そう。もうこれ以上何も言う気が起きない。何しろ、呼吸をしてもこの温められた空気は体に入っていく感覚がまるでないのだ。自分は呼吸をしているのか不安にもなるし、体温程に温められた水の中にでもいるような不快感がする。きっと、胎児というのもこんな呼吸を繰り返しているのだろう。

「それにしても、夏って暑いのね」

 冷たい清涼飲料はぷつぷつと呼吸をしながら熱い熱い喉をおりていった。





090618
夏!



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