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 大事なものを無くしてしまっただとか、誰かと喧嘩してしまっただとか、そういう悲しいことがあったわけでもなんでもなかった。ただ、気付けばいつの間にかシェルは夕方を作り上げていて、妙に感傷的だった。朝から怪しかった雲行きも、ようやく決着がついたらしく雨が降っている。それでも明かりをつけずに一日中居座っていたソファーに体を縮こまらせて寝ていた。少し肌寒い気がするけれど、倦怠感が私を襲いブランケットを取ることを諦めた。
 私の体温に馴染んだソファーが心地悪くて冷たい床へ足をおろす。その感覚は久々に味わうものだった。
 立ち上がって、窓を開けてみる。時々顔に小さな軽い雨粒が落ちてきて、そのたびに眠気が遠退いていった。
 冷たく湿った空気。水を踏み付けていくタイヤの音。遠くで聞こえる子供の声。
 空は濁っていて、薄暗い。なんだか、本当にただ、孤独な、欠落感が満ち潮のように攻めてくる。上を向いた顔のふちで水が揺れているような恐怖感すらある気がした。

 わたしはちゃんとここにいるよ。だれにもしられないまましんでいくのはいやだ。そう思ってきたはずなのに、今の私は誰とも会いたくなかった。
 外もいよいよ暗くなり、窓の外の雨は音だけが大きくなるばかりで、感傷的なもやもやもぼんやりとしたものの未だそこにあるままだ。
 ミシェルくんから貰った写真にキスをして我にかえってのたうちまわってみたり、寝る前にそっと何かを包むように丸くなってみたり、背が低くてもいいやと思ってみたり、何だって過程が一番楽しいのかと思うと、今のここに永遠に留まって明日には進みたくない。
 世の中から見放された今、愛してたと告げることは軽率極まりない行為だということはとっくの昔に気付いていた。帰る場所などどこにもないことも、私が灰になれば皆が喜ぶことも。





090610
終戦後メディアに出られなかったらの話



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