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「フォトりましょうよ!」
リヒティが通信端末をカメラ機能に切り替えながら私たちに話しかける。
これを聞いたロックオンはすぐに刹那と私の肩に手を回し、アレルヤも私とロックオンの後ろに立ちふにゃりと笑ったが、ティエリアだけはツンとそっぽ向いて、
「データを漏らしたりしてみろ」
と、去っていった。容姿とのギャップがありすぎて未だ慣れない声に少し怯む。
しかしリヒティはすでにシャッターを押していたらしく、そこには苦笑するロックオンとどこか遠くを見る刹那と、髪を膨らませて怒るティエリアとティエリアに怯える私と、目が半開きのアレルヤが写っていた。
「うわ、僕半開き…」
「…」
「…やだぁ、消してよ」
「だめっすよ、貴重な写真です」
「まあ、女王サンがまた入ってくれるかわかんないしな」
これが、今思い出せる限り一番古い記憶だった。あたたかい夢を見たときに限って目をあけた瞬間溶けてしまうように、わたしの記憶は幸せなものから消え去っていく。
寂然とした夜に押し潰されるのを恐れて、私は目蓋を閉じた。途端、目はじわりと煮えはじめ、そのままぐらぐらと沸騰し、目尻に吹きこぼれる。たまらなくなって依存症のように通信端末を手に取り、着信履歴の上から2番目にカーソルを合わせ決定キーにそっと指をおいた。
独特の高音が一定のリズムで鼓膜に響き、それに合わせていつまでも繰り返される発信アニメーション。そこでようやく私は我に返ったのだ。
わかっていても、こんな夜なら私の知らない場所へもこの電波は届いてくれそうな気がしてならない。不透明な直感を過信するのは、わたしの悪い癖だった。
(…今、どこにいるの)
目尻からこぼれたものが手の甲にぱたりと落ちる。暗い暗い宇宙での生活に慣れていた私は少し考えることになった。そして、水の中から空を仰いでるみたいだなあと唐突に思う。それをしたことはまだないけれど、教えてくれた美しさは簡単に想像ができた。呼吸が出来なくて、苦しくて仕方がないのに、プリズムを纏えて、全てを委ねられる心地の良いもの。
そこで私は、これがあの人の言う恋なのだと理解してしまう。あのとき簡単にしか聞いていなかったことに今更後悔をする。もう一度、きちんとその話を聞いて私自身を整理させてあげたい。でなければ、私はこのまま溺れ死んでしまいそうだった。
(せめて、声だけ)
(…やっぱり、できるならぜんぶ)
もう一度目を閉じれば思い出の続きが見れるかもしれないとか、もう一度起きてみたらこの孤独が夢かもしれないとか、私は昔から願望に縋る無意味なことばかりしている。
080330