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 前髪に置かれた手の平と、後頭部に当たる指先。長い手は、私の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱した。表も中も。私はその力に抗うことをせずされるがまま頭も思考もくらくらと揺らした。

「ねえ」

 ふ、と鼻から抜け出す自分の声が、鼓膜を震わす。せっかくブローしてもらった髪を、してくれた本人が乱していた。
 厚い涙で歪む目の前の少し傾げた顔の、耳と肩の間から見える空に焦点を合わせてこの熱が溢れ出さないように息を止めた。普段から情けない眉がさらに下がって、頬に力が入っていくのがわかる。意識すればするほどとてつもない不細工になっていく気がした。

「どうして泣くの?」

 だって、どうしてかわからない。環境は理解しているのに、感情がわからない。
 そんな気持ちだった。
 沈みかける夕日の逆光で、シェリルさんは黒く染まって遥か遠くにいるように感じる。触れられていて、触れているというのに、指の感覚や頭の上の重さは分散されて淡い膜越しのように思えた。

「ランカちゃん」

 熱い指が私の頬へと滑る。指はとめどなく溢れ出した涙を滲ませて、肩から背へ回された手によって胸へ引き寄せられた。
 このさりげない、この人からしたらどうってこともないであろう優しさでさえ、私は反応してしまう。屈まれ、同じ高さになった顔を覗き込まれる。

「…ご、ごめんなさいっ…」

 1番大切な人に嘘を告げることほど、罪悪感に苛まれることはないと常々思う。弧を描いた青い瞳の優しさを拒絶するように顔ごと背けた。

 二人で競った結果、勝ったのは私だった。
 あれほど切願したはずだというのに、私は素直に喜べずにいた。ライバルはその悲しみを隠し、負けちゃったわとさっぱり切り捨て今からまた新たな未来を始めるという。
 喜べない理由は、今私が自分を把握している中でこれしか思い当たらなかった。
 もしもここで「好き」と告げたならきっともう二度と笑顔には戻れないだろう。でも私は、せっかく手に入れたご褒美もいらないのだ。

「私…」

「何?」

「…シェリルさんが、…」

 さりとて彼女の望みを乗っ取った私が今更それを伝えられるわけでもない。「でも」の乗算が生む背反に耐えなければならない。

「…うじうじしてたら嫌いになっちゃうわ」

 目の前にあった瞳が遠ざかる。私とシェリルさんの間にすっと風が割り込んだ。
 その言葉が私が思っているような内容についてではないとわかっていても、それだけは嫌だと体は跳ね上がるのだった。





090418



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