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 企画会議
 広場部門
 体育部門
 生徒会室
 前途多難









 文字を消していないホワイトボード。纏められていない長いカーテンと散らばったままの企画案。
 …ああ窓の外の空は、どうしてこんなに美しいのだろうか。
「やあやああけまして、香宮天音嬢よ!」
「おめでとうございます」
 始業式が終わり、生徒達が寮に戻る際に独特の挨拶で執行部員達を呼び止める。俺も呼び止められた一人だった。政治家の孫、篠宮華江会計に。長いツインテールをしゃらしゃら揺らしながら歩く華江に連れられて生徒会室に入った香宮と俺は絶句した。
 冬休み前、片付けてから帰ったという記憶は偽物だったのか!?と香宮も思っているに違いない。
「学園祭の企画会議をね、今からやることになったの!」
「今から」
 全くいつも急だな。副会長のはずなのに、今初めて聞いた。
「そうでーす!なんか皆やる気でさ、各部門長達が休み中に案を出してくれてたんだよね。教師達も出張者ナシだからゴーサイン!」
 本当に急だな。
「これ、ちょーとっきゅーで作った進行表。司会と記録よろしくね!」
 寡黙で冷ややかな印象の香宮とは正反対の華江。その華江に押されている香宮に同情するが入口にはすでに参加者が集まっていた。
 香宮は動かない。ビデオカメラも取りに行かなければなくなったのに、華江が部屋が散らかっていることに興味を示さないからだろう。怒ることはないだろうが、背中から出るものが心なしか恐ろしい。
「お、成宮」
「げ、宮城…先輩」
「お前今日は録画係。香宮のとこ行け」
 しかし、偶然現れた"呼んでいない客"に録画を頼むことができた。全生徒に楽しんでもらいたいというのに、広報部に情報を漏らされても困る。気になるなら仕事を与えてそっちに集中してもらうことにした。そんなこんなで通称"ハナエバコ"にがらくたを投げ入れる手伝いをし、カーテンを纏め椅子を並べてドアを開けた。

「今年度はバンドの参加者が多いのと被服部によるファッションショーがあるのでステージは凸型に…」
「進行をスムーズにするために会場に二つのステージを作るのは…」
「では凸型のトツを引っ付けたH型会場は…」
「人が動けないんじゃ」
「出入口を特別に両方開放すれば解決するのでは…」
 正直言って、やるのは生徒と部門長なのだ。生徒を引き連れ自分が描く各部門を作りあげるのは部門長なのだ。会長を除く執行部員は「お金はこれくらい使えます」だの「施設上難しいです」だの「中等部と決めます」だの「職員会議に提出してみます」だの、待てをかけるだけの通過点でしかない。
「出入口を両方開放することはできます」
『…では仮決定といたします』
 進行表をめくると、次はやっと文化部門だった。まだあと体育部門もある。長い道程だ。
『文化部門長、お願いします』





 女子達がこぞって日焼け止めを腕に滑らせる夏。九月中旬といっても、それは暦の上の話。入道雲はまだ青空を陣取っている、男子はプールへ飛び込む、気温はちゃっかり30度をこえる。そんな中行われている、3日に渡る学園祭の最終日、体育部門。
 昼休みになり生徒会室で涼む執行部員に、またもや呼んでない客が紛れていた。
「天音の髪結ったの、華江先輩ですかっ?」
「いかにも、シャッターチャンスは逃すな!香宮天音Eセット予約するからっ」
 本人がいるというのに裏販売されている盗撮写真集の話をするのは如何なものか。自分の写真集の売行が気になってしまうだろうが。
「華江、宮城の興味ない」
「ああそうだろうねでもめんとむかっていわれるとへこんでしまうからやめてねはなえ」
「うわ、宮城先輩きもっ」
「宮城きもっ」
「みやぎもっ」
「…みやぎも」
 開け放した窓から入る風がカーテンを膨らませる。その風に髪をも膨らまされながら、香宮まで言った「…みやぎも」。冗談なんか言いそうにない人間が言った言葉があだ名とかに使われてしまう、そんな原理が過去の記憶から取った統計に存在するというのに。
「みやぎもって語呂いいねえ」
「確かに。今度からみやぎも先輩って呼ぼう」
「みやぎもー、今何時ー!」
 うるさい、華江。今はまだ12時半だ。あと40分も休憩はある。それに3年生は昼休みが終わってもすぐに競技はない。
 静かにしろ、とは言うだけで実際はこの騒々しさを煩わしく思ったことはない。何があっても口にしないつもりだが、この生徒会室で気の知れた人間といる時間は一番好きな時間だ。そこには個性が持ち寄った"世界"が凝縮されていて、安心することができる。
「恋してぇー」
 お前も急だな。なんだ殿。
「はいはいフォークダンスの一人目が華江だから不満なんだろどーせ!でも殿はモテるじゃんかぁ!贅沢言うな!」
 ビー・クワイエット、華江。
「否定はしないけど、モテると恋は違うだろう」
 モテないよりかマシだ。俺は写真集すら売れない。
「あー…ごめんな宮城クン」
「"くっ!痛い…胸に突き刺さるぜっ…!"」
 華江、アテレコしない。
 撮るな、成宮!
「俺様のモテパワーよ、可哀想な宮城に流れ込め〜」
「うぜえ」





「宮城くん、ゲストの倖野來未さんの到着が遅れてるの!」
「宮城ぃ、シャンデリアが灯ってないぞ!」
「宮城!発注した花束のサイズが違って…!」
「みやぎくーん!」
「浩一!」
「宮城はどこだ!」

 俺は喧騒という名の緊急事態から一秒でも長く逃れたいがために生徒会室に戻ってきたというのに、奴らは茶なんか飲んでやがった。「宇宙の果てを発見する」ほどありえない。でも飲む。
「今年のも無事終わってよかったねーっ!」
 まだ始まったばかりだ。
「進行表も食品販売の許可も全て出した」
 確かに手を回してくれたのはお前の他ない。ていうか、香宮だけじゃね?働いた奴って。
「ってぇ、みやぎもじゃんか!」
 わざとらしいんだよ華江。そうじゃなくてだな、お前ら計画だけが仕事じゃないんだ。とくに一日目の広場部門は!
「倖野來未は殿のジェット機に乗ってこちらへ向かっている」
 おお流石だな香宮!お前流石だ!
「シャンデリアも直したもーん!」
 本当か?いやまあ助かった華江!
「どいたしましてぇ〜。ふん。盗聴器に気付いてないまま告白大会とか出ればよかったのにね」
 盗聴器…?あ、これか!じゃなくてなんで俺に盗聴器を!
「いかに楽して仕事をするか」
「いかにも!だから宮城に付けさせてもらった!」
「花はもう華道部に頼んでおいたから」
「おお、さっすが天音」
 とりあえずお前らもインカム持って外出ろ。そのときちょうど成宮が香宮を迎えに来て「借りていきますー」と連れていってしまった。生徒会室には二人。嫌な予感しかしない。
「…宮城」
 どうした。
「遊びいこー」
 ちょっと待て、まだやらなきゃいけないことが、
「もうないよ。私たちに感謝しなさいよね」
 ネクタイを引かれずんずん進んでいく。苦しいから、ちゃんとお供しますから、とネクタイを握っている手を叩く。
「明日のパーティー一緒に行ってくれたら許してあげるー」
 許す…って、何かしたか?そんなことよりとにかく屈んだ姿勢で走ることが辛くて適当に返事をして流した後、重要なことに気付いた。
「…って、ええ!?」
 華江の暴走にあと最低でも3日付き合わさせられなくてはならないらしい。





「進んでるかー」
「なに。どしたの」
 香宮がいない生徒会室はやはりゴミばかりが増えていく。あちらこちらに失敗した紙や菓子の箱や袋が散乱しているのに、捨てようとする者はいないのだ。
 そのゴミに囲まれた華江はいかにも不機嫌で、可哀相なことに髪に隠れて見えにくいものの吹き出物が出来ていた。何もここまで必死になるような仕事でもない。そもそも、本業は学生だというのに。
「忙しいから構えないよ?」
「いや、いいよ別に」
 人数が少ない分、本来あるべき役割は掛け持ちか当番制になっている。来週に控えた生徒総会の進行は華江の当番だった。さりとて進行表など、過去のデータを少しいじるだけで完成するだろうに何をそんなに悩んでいるというのだ。
 パンプスもニーハイも脱ぎ捨て、ネクタイだって緩めて、コンタクトすら面倒なのか滅多に見ることのない眼鏡までして。本気の華江はこうなるらしい。改革でも起こすつもりか。
「課題あったの忘れててね、時間ないの。…うん、わかってるから何も言わないで」
「…ほれ、差し入れ」
「あ、ドーナツ!」
「紅茶でもおいれいたしましょう、おじょーさま」
 此処に来る前に買ってきたドーナツの箱を見せると一瞬で目の輝きが戻った。華江はそのまま裸足にパンプスを引っ掛けて机を離れ、「休憩も大事よ!」とご都合主義なことを高らかに叫びながらソファに体を沈める。
 ここにある茶葉は全て、香宮が趣味で買っている茶葉について来る試供品だった。ばらばらの中から適当に選んでお湯を注ぎ、そっとテーブルの上に置く。
 ドーナツ選びに逡巡するその腕を掴むと、ビクッと大きく跳びはねた華江が入れたばかりの紅茶を少し零した。
「待て、それは俺のだ」
「なん、ちょっと!びっくり、したじゃんか…!」
「大袈裟すぎる」
 これ以外ならお好きに、と自分のだけを取って箱を滑らせる。
 机の端に置かれた数枚の紙は、華江のものという証でもあるピンクのクリップで纏められている。それを手に取りめくると、殿と教員の字がびっしりと書き込まれていた。校則についてや申請のあった企画や施設の規律の改正案その他もろもろ。しかし、これをどういう議題にするかは書かれていなかった。時間配分も含め、華江は考えなければならない。この様子を見る限り、終わりはまだ見えなさそうだった。
「やっぱり手伝おうか?」
「んや、いいですー。ってか駄目ー」
「…大丈夫か」
「へーきだもん。馬鹿にしないでよね」
「ならいいんだけど」





 それは会長殿と宮城君と香宮さんが、図書室のガラス扉から中庭のパラソルの下に移動しているときでした。
「"わ、あの子すげー可愛い"」
「え、どこどこ?」
「宮城はそう思ったに違いない!」
「いや、だからどの子?俺も見…痛ァっ!」
「今のは篠宮の分」
「なんで華江がそこで出てく…いってー!か、香宮!?」
「今のも篠宮先輩の分」
「横暴だなお前ら!だいたいなんで篠宮が出てくるんだ…いてぇ」
「…あちゃー」
「…はあ」
「…なんだよ」
「…香宮嬢、どう思われますか。四文字熟語でどうぞ」
「どんまい」
「いやそれ英語だから香宮!」
「そうね。…前途多難」
「そうそうそれそれ…って!…え、いや、違っ」
「ノリツッコミなら最後まですべきです、先輩」
「いや、違う!断じて!信じてくれ!」
「…あの、静かにしていただけませんか」
「あ、ごめんなさい…」