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誰にもいえないけれど、私は貴女から生まれてきたのではないかと思うことがあるの。貴女の傍にいると、母親に甘える幼子のような気持ちになるから。
貴女と一緒に見る風景は、きっと私一人でいるときに見る風景とは全く異なる風景。
カンガルーの子供のように、ぬくぬくとしながら顔だけ出して、私はデパートやプラットフォームや夜の街や観客達を眺めていたんだよ。安心しながら、眺めていたんだよ。私の目指す場所に貴女が居たから、レールを外すことがなかった。
憧れのお姉さん。親しみやすいお姉さん。頼れるお姉さん。引っ込み思案な妹。そんな領域を越えて私たちは争っていたというのにね。
もしかしたら私は、貴女と同じように生きたくて貴女と同じ人を好きになったのかもしれないなんて、今さら誰にも言えないけど。
ちらちらと雪が降ってきた。頭や肩に静かに落ちる、微かな冷たい感触。
今日は雨の予定だったような、と記憶の曖昧さに呆れる。頬に落ちる一つの雪が水に戻って落ちた。まるで泣いてるみたい。
半開きの口から微かに漏れた息が白く昇り散り散りに自由に散ってゆく。儚いって、きっとこういうこと。
雪、雪だよお兄ちゃん!振り返って褐色の肌を寒さに凍らせる兄に笑いかける。成人式を迎えても私は子どもみたいにはしゃいでしまう。緩む口元も頬もどうしようもない。ひやりとした感覚に体が竦んだけれど、すぐに慣れた。
ゆっくりと降り続ける雪。銀色の羽みたいだった。シェルの上に天使がいるんじゃないかなあ、なんて。その羽が舞って、雪になっているんじゃないかなあ、なんて。本当にそう思っているわけじゃないけどそうだったらいいなあ、なんて。
雪を見ていると、夢みたいなことを願ってしまう。
今日は雪が降るほど寒い日。
「雪の露、って書くのね」
「知らなかったんですか?ほら、ポスターにも書いてあるのに」
「あまり興味がなかったのよ…」
そう、私のお母さんと同じ字が入ってる。
パインケーキを焼いていたキャシーさんが、ぽそっと誰に伝えたいわけでもなさそうな声量で言った言葉がやけに反復される。お兄ちゃんの誕生日が近いから、貴女の誕生日も気になったんだと思う。もう娘も同然らしいから、当たり前だよね。
じゃあ、今年初めて雪が降ったこの日をあいつの誕生日にしよう、って。お義兄ちゃんが言ってたよ、お義姉さん。
「おかえりシェリルさん!」
「ただいま、ランカちゃん」
「お使いさせちゃってごめんなさいね」
「いいわよ、これくらい!いつもお世話になってるし…アルト、マフラーありがと」
「それより入れよ」
「…どうしたのよみんなして」
私たちはいつの間にか不思議な形態の大家族に落ち着いていた。一年に6回も誕生日パーティーをして、でも正確には5回だった。だから、今日やっと、みんなで祝えるの。
私は知りたかったものを知った。
貴女も求めていたものが手に入った。
家族ごっこはもうおしまいなんだよ。
今日が貴女の生まれた日になる。
「お誕生日おめでとう、雪露さん!」
081217