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「神なんて信じてない。人知を超える力を本当に持っているならわたしの望む世界も一つくらい存在するはずよ。そんなあやしいやつに頼るくらいなら、あなたに頼るほうがまし」

 言い放った名前が頑なに視線を交えようとしなかったのを、ロックオンは鮮明に覚えていた。

 色褪せ手垢にまみれた壁紙の赤と金に、床板の深いブラウンは似合っていた。頭の高さでちらちらと不安定な光を放っているのはガラスに守られた蝋燭で、長い廊下の突き当たりから2番目のドアの前で立ち止まった。取っ手に手をかける前に、ロックオンは時間を確認する。薄闇で存在を知らしめるように光る蓄光の数字は深夜の1:54を示していた。言われた時間より1分早かったが、名前にとって時間は意味を持たないも同然だから、いいだろう。
 ロックオンはノックもせずに入ったあと、またかとため息を吐いた。床に散らばるコートやシャツや靴などを全て拾いベッドに放り投げ、シャワーの音が聞こえてくる奥へ向かう。ロックオンがバスルームの扉を開けて入ると、部屋の主はわざとらしく驚き動きを止めた。

「あっれー、いつ着いたの」
「…よく言うよ。敷地に入ったときから分かってたくせして」

 中はむっとするほど蒸し暑く、湯気がこもっている。シャワーは噴水と化しており、スーツの上着とシャツは湯の底だった。下着のみの名前は床に座り込んで一人オセロをしている。

「あのねー…、もう服買ってあげたりしないぞ?」

 オーダーメイドの上着の引き上げに取り掛かるロックオンを無視して、ビンにそのまま口をつけワインをひとくち飲むと名前は満足気に唸った。
 濡れた名前の髪は頭や頬に張り付いて、普段より色が濃く見えた。ロックオンは屈んで額にひとつキスをすると、手で払われる。ロックオンは気を取り直して両手を広げ朗々と言った。

「"人間が神のしくじりなのか、神が人間のしくじりなのか"」
「どうでもいい」
「まあまあそう言わず。どっちだと思う?」

 笑うロックオンに名前は立ち上がり、「溺死がいいの?撲殺がいいの?」と顔を歪めながらも両手を広げ朗々と言った。名前は曖昧な答えやはぐらかされることを嫌う。ロックオンが冗談混じりで「腹上死で。」と言うと、一拍も置かず脇腹に衝撃が走った。いつものようにヒールを履いているわけでもないのにこの威力は何なのか。ロックオンは呻きながら体を起こす。

「…で、どっちなの」
「っ、"どちらにしろ愛を――」
「そっちじゃない」

 あーあこのジャケットさー気に入ってたのにー、と情けない声を出すと鼻で笑われる。金で縁取られた鏡にうつる濡れた自分を見てもうどうでもよくなったロックオンはスーツを脱ぎ、先程拾いあげたものと一緒に丸めて角に落とした。一角の床はますます黒くなり陰が半分部屋を包む。

「ていうか神?愛?私らには必要ないものだって承知してるはずじゃない?…溺れさせようとしたって、無駄」
「おーおーコワイコワイ。怒ってばっかりの子猫ちゃんはかわ――」
「神なんて信じてない。そんなあやしいやつに頼るくらいなら、あなたに頼るほうがまし」

 そんなくだらないことを言いに来ただけなの?と名前は片腕に抱いていたヴィンテージワインの瓶を壁に打ち付ける。まあそうなんだがな、と笑うロックオンの唇を奪った名前の眼に浮かんだものを、情愛に火の付いたロックオンは読み取っていた。

「俺はお前に頼るくらいなら、全知全能とかほざいてるそのあやしいやつに頼るよ」




080525
お粗末さまでした



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