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 あれ、いつからこんな笑い方になったんだ。記憶の中の名前の笑い方はあははとかキャハハとか、そんな無邪気なかんじのだ。それに、背が刹那と同じくらいになった。爪も、深爪じゃなくなって今はきれいに伸ばして揃えられて。…もしかして、もしかしなくても、名前は大人になったのか。悍ましく醜い大人になってしまったのか。
 視線も指先も笑い方もふとももも胸も唇も腹も髪も全部全部。
 さみしいなぁ、なんだか。気付きたく、なかったなあ。妹みたいで、娘みたいで、でもそれ以上で、そんな不安定で温かな、できるならそのままでいたかった。踏み出しちゃ崩れてしまうと直感的に理解しているからこそ、強く思う。

「ロックオンの目は晴れた空の色だね」

 名前が何気なく吐いた飾り気のない素直な言葉がやけに嬉しくて、俺は女々しいと思いつつも思い出しては虚無感に張り裂けそうになった。
 妹、なんて嘘。娘、なんて嘘。それらは全て自己暗示だった。無理だとわかっていてもぬくぬくと生きたかったんだよ。大人になっちゃったら気付いてしまうだろう。名前は大人になって、大人になろうとしているのに、俺はこのままを望んで、見てみぬふりをしていたんだ。ごめんな。
 気付いたのはだいぶまえなのに、今までずるずると引きずって、これがさいごか。



 羊水みたいなあったかい優しさに溺れていたらいつのまにかわたしの身体は女になっていて、でも気にすることなく身を預けていた。すでにそれは依存。
 スメラギさんに憧れて、クリスティナを姉のように慕った。薄い記憶の母を重ねて。
 おとなのオンナっていうのは、素敵。けだるそうにするのも、ため息も、密やかで艶っぽいしあかぬけて退廃的だし、わたしもはやくおとなになりたいとおもった。
 なにかと言われる「大人の秘密」
 この秘密も早く知りたかった。ロックオンとわたししか知らない秘密もつくってみたい。
 髪も伸ばした。背も伸びた。深爪は卒業した。でも先取りばかりしてる背徳感。生憎わたしの頭の中はまだ幼かった。思ったことをそのまま言うんじゃ、あの密やかなかんじは出ないのに。艶めいた物言いで喜ばせたいのに。驚かせたいのに。

「ロックオンの目は晴れた空の色だね」

 でも、なにも生き急ぐことなんてないし、何より無理矢理作り上げた欠陥だらけのものは見苦しい。そのときそのときをちゃんと見つめてくれてたのに、わたしはそれに気付くのが遅かったの。
 見送る骨ももう無いけれど。




080406



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