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二代目ED捏造
洪水の後は全ての色がくっきり見える、と言ったのはもう三百年も昔の人間。人間は、進化も退化もしていないらしい。
溜息をつこうと開口し、止めた。
「必要なくなって、よかったね」
これあげる!と調理組からリンゴを持ってきた名前が、ハサミを持つ手を指した。はためくワンピースと飛んでいく鳩の白が眩しい。
手袋は必要はなくなったが、あの冷たさと重さは鮮明に覚えている。望んだ世界に紛れることは出来たが、"紛れること"が"忘れること"ではないのだ。
吐き出した息を小さな笑いに変えて、伸びきった髪へ刃を当てる。
海と風と空と砂と緊迫感のない日常を語る柔らかな声が不慣れなもので、夢を見ているようだった。
「ハロまでいると前と何も変わってないから、とっても不思議、ね!」
「フシギ!フシギ!」
ハロとくるくる回りだす名前と、貰ったリンゴを無言で頬張る刹那に、幼さを感じ無意識に口元は笑いを刻んだ。
疑いたくなるほど、恐ろしくなるほど、望んだ日々はくだらなく無駄ばかりで当たり前のように存在したのだ。
青空厨房で、液体と粉の分量を計ることしか出来ないわりにやる気旺盛なティエリアの補佐ということで名前に魚と肉の準備を頼んでみたがなかなか進まずにいた。
ティエリアが原始的な縄張りをはってしまったからである。難しい顔をしてずっと計量カップを睨んでいるなら名前にでも僕にでも助けを求めればいいのに。名前と笑って肩を竦めた。
「少々、とは何グラムだ」
「指2本でつまむ程度よ」
「何グラムだ」
「だから、つまむ程度!」
「…0.6グラムくらいかな、ティエリア」
「始めからそう言え」
ティエリアが目を離した隙に縄張りから無事に魚を取った名前が陽気にがりがりと鱗を取っている魚を視界にいれないように、目盛りとレシピを交互に読むティエリアが、今までに見て来たどんな表情より楽しそうで、出来ることなら気が済むまでそれをさせてあげたかった。
「だめだアレルヤ、このままじゃ一週間たっても終わりそうにないよー!」
「ああ?今恐ろしいことが聞こえたぞー!」
ちらちらとティエリアを見ながら叫んだ名前に遠くのロックオンが返事をする。しかし真剣すぎるティエリアは食いかからなかった。腹がたたないのか、虚言と処理したのか、聞こえてないのか、どうであれものすごい進歩のように感じられた。名前も少し驚いているようである。
「大丈夫終わるよ、いつかはね」
もう、来ないかもしれない明日に怯えなくてもいいのだし、始まりがあれば終わりもあるのだから。
「ショクチュウドク!ショクチュウドク!」
「そうよハロ、それが心配なの」
さりとて早く終わってしまった名前担当の食材がティエリアを待てるかといえば、待てなくて。
ハロに納得してティエリアの進行状況を確認しようと縄張りに足を踏み入れた瞬間、肘鉄砲が鳩尾に入る。身についたものは衰えないのだろう。むしろ威力は強くなっているような。
「あららー…」
「うぅ…っ」
「フン」
それでも幸せは隠せなくて綻ぶ顔を名前に気持ち悪い、と言われた。そういう名前も似たようなことを思っているらしく苦笑いを浮かべる。
「どんまーい!」
してやったり顔のロックオンが、最後に見えたものだった。引きずられて浅瀬に投げ込まれ、膝あたりを揺らぐ波を蹴散らしながら走る。名前や刹那に水をかけると、どこかから水鉄砲を持ってきたロックオンに撃たれた。それからたいていの人間が幼い頃にやってきたという海の遊びを飽きることなく繰り返した。
080212