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 目が覚めたとき、部屋は明るかった。それはすでに日は暮れて人工的な明かりが部屋を満たしていたからで。空腹は感じなかったがテーブルの上の冷めたデリバリーピザを少しかじった。ソファに寝るパトリックの赤毛は重たく顔を覆っていて、表情を隠してしまっている。
 パトリックが今何を思っているのか伺うことは出来ないが、つけっぱなしのテレビ番組の中でCBに対して怒りをあらわにする女性やそれに反対する老父や賛成するジャーナリストが討論をしているため、考えていることは想像できた。こんなやつでも少しは考えているのか。だとすれば、わたしはイナクトを壊して帰ってくるのを待つしかない。
 さっきピザと一緒に飲んだパトリックの飲みかけのビールが、取り切れない疲れにきいてきたのか体が重く節々がかすかに痛んだ。
 ボリュームを下げたテレビは、更に過熱する討論を映し出す。間接照明だけにするとテレビのちらつく光が私の目を刺激し続け、ソファの余った部分に腰を下ろした。
 今日は、疲れた。いや配属されてから私はずっと疲れていた。惨たらしい勤務時間に文句一つ言わないのは、パトリック達パイロットと直接関わりがあるからだ。でなければ今みたいな熱心さで仕事に取り組むことはないだろう。
 私は、MSに触れるたびにコックピットから見える景色を想像する。しかしいくらパイロットと話をしても、MSに精通しても、私がMSで空を飛ぶことはなく、楽しげに話すこの男を恨めしく思うと同時に分かち合えないことを悔しく思っていた。国家への奉仕は充分以上しているがそんな理由で仕事をしているなら軍人失格?…とはちっとも思わないけれど。
 いや、彼を失いたくない自分を認められずそう思い込んでしまおうとしているだけなのかもしれない。確率は限りなく0%に近いが。
 昔、お前の難しい表情は見るに耐えないと眉間のシワをカティに広げられたのを思い出した。


 エントランスのドアを出ると朝特有の湿った冷気が頬にささり、堪らず肩をすくめ襟元をしめる。パトリックは自信に満ちた足取りですぐタクシーをつかまえた。
 パトリックは私を早く乗り込むよう促すと悪戯好きの子供のような質の悪い笑顔を浮かべた。ロシャに会いに行くつもりらしいが、結果はイナクトと同様わかりきっている。

 休憩所でコーヒーのボタンを押した。カップに熱いコーヒーがゆっくりと注がれる間、聞き慣れた声を聞いた気がして、ストレッチついでに首をまわすと野次馬を見つけ、思わず足が進んでいた。そこではパトリックがロシャの行く手を阻み、野次馬は一心でキーボードを叩いていた。きっと、またメールと煙草が飛び交うのだろう。

「ロシャ、わざわざ会いに来たぜ」
「まあミスタ・コーラサワー。こんな私に貴重なお時間を割いてくださって…。でも、首を長くして貴方の帰りを待っているご婦人方を馳せ参じては如何です」

 薄い肩に艶やかな唇とミステリアスな漆黒の目を持つ彼女でも兵士でありそれなりに気は強いようだった。




080129



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