キミとのアシタ1




例によってローエンが出張中なある日の冬。
がたんがたんという音が定期的に響く中、膝の上に載せた少し大きめな荷物をぎゅっと抱きかかえながらジュードは座っていた。
窓から外を見るとあたり一面真っ白になるくらい雪が積もっているのに、そんな寒さが信じられないくらいに電車の中は暖かい。
ジュードはほっと息を吐くと、何を思うわけでもなくただぼんやりと外を眺めていた。
そこには最近になって見慣れてきた景色広がっている。
同様に今から向かう場所も漸く慣れてきたといえる所で、でも本音を言えばまだちょっとドアを開ける時など緊張してたりする。
ジュードにとって他人の家にその家主が留守の時に入るということはそう簡単に慣れることではない。
それでも次の日が学校の休みになる金曜日や土日、そしてローエンが出張で帰ってこない時など、ジュードはこうして電車に揺られながらアルヴィンの家に通うのが習慣になっていた。

電車を降りると一気に冷たい風がジュードを襲う。
巻いていたマフラーが飛んで行きそうになるのを片手で押さえながら、もう一方の手で重たい荷物を持って目的のアパートに向かって歩き出した。
あまりの寒さに顔が下向きかげんになりつつも暫くすると2階建ての小さなアパートに辿り着く。
両サイドにある階段のうちの一方をとんとんと音を立てながら登っていき、2つのドアの前を通り過ぎた後3つめのドアの前で漸く持っていた荷物を床に置いた。
手袋をしていなかった手は重い荷物を持っていたのと寒さの両方で赤くなり悴んでいる。
失敗した、手袋を持ってくればよかったと思いながらジュードは手にはぁっと息を吹きかけると、背負っていたランドセルの中から小さな鍵を取り出した。
特に何かストラップが付いているというわけでもない、シンプルな銀色の鍵だ。
それを鍵穴差し込み右に回すとがちゃんと鍵の開いた音がした。
再び荷物を持ち上げてドアを開けると小さな玄関に足を踏み入れる。
後ろで自然にドアが閉まった音を聞きながらふぅと一息つくと、一度荷物を置いてから鍵をかけた。
靴を脱ぎ丁寧に揃えてから、また荷物を片手に大して長くもない廊下を歩いた先に見えるドアを開けた。

10畳くらいはあるだろうワンルームは今ではジュードの努力の甲斐があってそこそこ綺麗に片付いている。
以前のように食べたまま床に放置されているカップラーメンやコンビニ弁当の残骸、脱ぎっぱなしの衣料等が床中に散乱しているということはない。
ただ掃除機をかけるという所まではされていないせいかテレビや床が埃っぽいような気がする。
ジュードはまずは窓を開けると少し前に購入したはたきでストーブやテレビ、机等の目立つ埃をはらうと、以前発掘した掃除機で床の掃除を始めた。

「もう、アルヴィンったらまた掃除をサボって…」

誰に言うでもなく一人愚痴りながら掃除機をかけていく。
ついでに玄関までの廊下も掃除して一通り綺麗になるとジュードは満足して掃除機の電源を止めた。
冷たい風が吹き込んでくる窓を閉めるとストーブの電源を入れる。
そして先ほど掃除の邪魔になるからとベッドの上に置いておいたランドセルの下敷きになっている手提げかばんの中から数冊の本を取り出した。
「誰でも作れる美味しい簡単レシピ」とか「冬に食べたくなる料理」とか様々な題名の本がざっと5、6冊ほど見受けられる。
それもこれもジュードが料理のレパートリーを増やそうと学校の図書館から借りてきたものばかりだ。

「うーん…どれから読もうかな…」

一瞬悩みつつどうせ全部読むのだからと適当に一冊の本を手に取ると、ベッドを背もたれにカーペットの上に足を伸ばして座り本のページをはらりと捲り始めた。

静かな部屋にぱらりぱらりとジュードが本を捲る音だけが響いている。
2時間ほどたっただろうか、「ただいまー」という声と共にがちゃりというドアの閉まった音がした。
だがジュードは本に熱中しているせいかその音に反応することはない。
一度何かに集中すると周りが見えなくなる性格なのだ。

声の主で家主でもあるアルヴィンが部屋に続くドアをそっと開けると、案の定ジュードは読書に勤しんでいた。
部屋に入ってもアルヴィンに気がつく様子は見受けられない。
アルヴィンはそっとベッドに上がりジュードの背後に回ると、片手をジュードの右肩に置きつつ口をジュードの耳元に寄せ

「これはまた大量に借りてきたな、何そんなに真剣に読んでるの?」

と声をかけた。
するとジュードの両肩がビクッと跳ね上がってバッと音がしそうな勢いで振り返ってくる。
そこにはにやにやと笑うアルヴィンの姿があった。

「あ、アルヴィン…!
 もう、驚かさないでよ誰かと思ったじゃない」

彼にまんまとしてやられたという顔をしつつ、ジュードは少し拗ねたような声でアルヴィンに文句を言う。
そんなジュードの様子を面白そうに笑いながら

「ただいまーって言ったんだけどな、俺は」

というアルヴィンにジュードはあれっという顔をして小首を傾げた。

「え、そうだったっけ?
 ごめんね、本に熱中しちゃって全然気が付かなかったよ」

「別にいいさ。
 それより何の本読んでるんだ?」

相変わらず後ろから覗き込んでくるアルヴィンの頬はジュードの頬とくっつきそうなくらいに密着している。
慣れって怖いもので、スキンシップの多いアルヴィンに慣れてしまったジュードはそれを気にする様子もない。

「料理のね、勉強をしようかなって。
 いつも同じようなメニューだと飽きるでしょ?
 だから今度は新しい料理に挑戦してみようと思って。」

と今まで読んでいた本に視線を戻しながら答えた。

「あ、そうだ!
 アルヴィンは何か食べたいものとかある?
 なんか色々見てたら迷っちゃって参考までに教えて欲しいんだけど」

いいこと思いついたというような表情でぽんっと手をたたくジュードにアルヴィンは一瞬悩んだ顔をした。

「うーん…そうだな、俺はジュード君の作るものならなんだって美味しいと思うんだけど」

飄々とそんな恥ずかしい言葉を平気で発するアルヴィンの口を思わず塞ぎたくなる。

「そ、そんなことないよ…!まだまだレパートリーも少ないし、僕」

そう言いながら開いていた本を焦ったようにばたんと閉じると顔を左に背ける。
でも耳まで真っ赤に染まっているのがアルヴィンからは丸見えだ。
そんなジュードを可愛いなぁと思って顔がにやけそうになるのを
「いやいや違うだろおい、相手は小学生相手は小学生」
とぶつぶつ心の中で呟いて抑える。
そうしているうちになんだか暑くなってきたアルヴィンは、ベッドから降りるとその辺に着ていたコートを脱ぎ捨て…ようとしたのを思い出したようにハンガーにかけた。
ついでに部屋着に着替えてしまおうと服を脱ぎだす。
するとぎょっとした表情をしたジュードが急いでアルヴィンに背を向けた。

「アルヴィン…!いつも言ってる気がするけど着替えるなら着替えるでそう一言言ってよね!」

「おー悪い悪い。
 でも何も全裸になるってわけじゃないんだし、そこまで気にしなくてもいいだろ、男同士なんだしさ」

「そ、そういう問題じゃなくて…!」

ジュードはまだ何か言いたそうにしていたけれど、はぁと深くため息をつくと「もういいよ」とちょっと投げやりな言葉が返ってきた。
着替え終わったアルヴィンはジュードの横に腰を降ろすと、机に積んであった本を手にとってぱらぱらと捲りだす。

「お、これ旨そうだな」

そんなアルヴィンの声にジュードは振り返ると

「え?どれどれ?」

と言いながら本を一緒に覗き込んでくる。

「やっぱ冬といったら鍋だろ。ちょーどいいや、今日は鍋にしよーぜ」

「いいけど…この家鍋なんてあったっけ?」

「いや、ないな。
 まぁどうせ材料もないんだ、今から買いに行くか」

そう言って立ち上がりかけたアルヴィンにジュードは慌ててストップをかけた。

「ま、まってアルヴィン!
 もう今日は6時だし明日は土曜日で学校も休みなんだから明日ゆっくり一緒に買いに行こうよ。
 今日はあるものでざっと作っちゃうからさ。
 それにアルヴィンもう部屋着に着替えちゃったじゃない」

「まぁ…それもそうだな。
 じゃあ明日一緒に買出しに行くか」

上がりかけた腰を再び下ろし直してそう言うアルヴィンにジュードはにこっと笑ってこくんと頷く。
そんなジュードの可愛い造作に思わず手が伸びて、頭をわしゃわしゃと撫ぜた。

「わわっ、アルヴィンなにするの、頭ぐちゃぐちゃになっちゃう」

「ん?いやジュードくんは可愛いなぁと思って、さ」

「な、何言ってるの…!」

ジュードは顔が真っ赤に染まっていくのを振り切るようにばっと立ち上がると

「ご、ごごご飯作ってくるからっ…!」

と言って部屋を出て行ってしまった。


「くははっ、やっぱり可愛いよ」

二度目のその言葉がジュードに届くことはなかったけれど、アルヴィンはどこか満足そうな笑みを浮かべていた。






君の仕草全てが可愛いと言ったらどうする?


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