それが正しい恋心
青黒♀/幼馴染設定
・青黒♀幼馴染設定、桐皇テツナちゃん
・青→黒♀→モブからの青黒♀です
・モブ黒♀シーン結構あるのでご注意ください
・テツナちゃん乙女
・テツナちゃんや青峰くんの家族とか出てくる。めっちゃ妄想です。
・何でも許せる方向け
自分は一生、恋愛をしないまま生きて行くんだと思っていた。
初恋は幼稚園の時、小学生の時……そんな言葉が耳に入るといつも複雑に思う。高校生にもなって、いまだに誰かを好きになったことがない。
一体、恋とはどういうものなのか。
僕は昔から地味で、影が薄くて、目立たない。それでも女には変わりなく、本当はいつか少女漫画のようにキュンとするような経験してみたい。…が、ほとんど諦めている。自分のタイプもよくわからないし、もし好きな人ができた所でその人が僕なんかに振り向くわけがない。
恋愛って、どうやってするのだろう。
***
「落ちましたよ」
スッとテツナの目の前に差し出される、見慣れたしおり。通学中に読む文庫本を新しい本に変えるのと同時に、そのしおりも一緒に挟んで常に使っている。それくらいテツナが愛用しているしおりを、いつの間にか落としてしまったようだ。
「…っあ……、すみません…ありがとうございます」
「いいえ」
しおりを拾ってくれたのは、テツナの隣に座っていたスーツを着た若いサラリーマンだった。テツナがお礼を言うと、男はクスッと微笑んだ。
「よっぽど本読むのが好きなんだね」
「えっ」
「あんまり集中してるから。読書好きなの?」
「……は、い…」
「えらいなあ、俺も見習わないと。読書なんてしばらくしてないな」
男は元から人懐こそうな顔立ちをしているが、笑うと加えて幼さが増す。それが少しかわいいな、とテツナは思った。
「今時はさ、電車の中じゃスマホいじってる人が多いから…君みたいな若い子が本呼んでると余計、惹かれるものがあるよね」
「えっ…あ…ありがとうございます……?」
「…って、そんなこと言われてもって感じだよね。引いちゃった?」
男はアハハと苦笑するとごめんね、と謝った。
「…っいえ!そんなことありません、…嬉しいです…」
テツナが慌ててそう言うと、男は少し驚いた顔をしたがすぐにニコッと微笑んだ。
「ありがと。よかった」
「………っ……、」
キュン、と少女漫画でよくある効果音がついた。ような気がした。
…あれ?これは?
もしかして、これは?
(…一目惚れって、こういうことでしょうか……)
***
「青峰くん。僕、彼氏ができました」
「へー………………………………………………は?」
青峰はベッドに寝転びながら読んでいた漫画雑誌を落とした。
「落ちましたよ」
「……いや…え…誰に彼氏ができたって…?」
「僕です」
テツナは正座をして、いつものように真顔で真っ直ぐと青峰の目を見ている。嘘をついているような顔ではない。産まれた時から隣で暮らしている長い長い付き合いだ。そのくらい、自然とわかってしまう。
「…いやいやいや。テツに彼氏って…想像できねーんだけど」
「失礼ですね。まあ確かに17歳にして初恋もまだでしたからね」
「てか、え、いつの間に……相手誰なんだよ」
「1ヶ月前くらいに、電車で声をかけられて…その後も何度も電車で遭遇して、2人で会ったりもするようになって、昨日告白して下さって」
「は?ナンパ?何?どこ高?」
「ナンパとはちょっと違いますけど…」
「いやナンパだろ。で、誰なんだよ」
「年上の…社会人の方です」
「しゃか………」
「すっごく素敵な方なんですよ。お仕事も大変そうなのに毎日笑顔で頑張っていて…」
「………」
目を輝かせて語るテツナの表情は、恋する乙女そのもの。
(…あーーーーー………)
…失恋した。
出遅れた。
テツナが彼氏ができたと言ってきた途端、青峰の頭はその言葉でいっぱいになった。
いや、出遅れたどころではない。青峰は産まれた時からずっとテツナの隣の家に住んでいて、常に一緒で兄妹のように育ってきた。いくらでもチャンスはあったのだ。
言い訳をすると、常に一緒にいすぎてタイミングがわからなかったのもある。それに、正直テツナ自身恋愛に興味がないだろうと勝手に決め込み、勝手に余裕をこいていた。だって、テツナが誰々がかっこいいだの気になるだの言っていたことがないし、彼氏がほしいとも聞いたことがなかった。いや一度くらい言っていただろうか。とにかくテツナは青峰の前では男気ゼロだったため、すっかり気を抜いていたのだ。だから、こうもあっさり彼氏ができたと言われると拍子抜けである。
(…しかも、歳上って……いつの間に……)
青峰自身も、常にテツナを恋愛感情として好きだと実感しながら一緒にいたわけではない。家族のような意味で好きなのか、1人の女として好きなのか。ハッキリしていたわけではなかったが、大切な存在なのは変わりない。それなのに自分の知らないところでいつの間にか、歳上の男に口説かれていたとは。
いつまでも何もしなかった自分にも非があるのはわかっている。それでも、こうもアッサリと失恋すると拍子抜けだ。
頭のどこかで、テツナはずっと自分と一緒にいれるという根拠のない自信があったのかもしれない。自分から何も動こうとしないのに、ずっと一緒にいれるわけがなかった。テツナだって、1人の女性。放っておけばそのへんの男に恋をしたっておかしくない。
(…でもあいつ、嬉しそうだったな………)
常に無表情だが、その中にも喜怒哀楽がある。今日のテツナはだいぶテンションが高かった。そんな風に幸せそうにしている彼女の邪魔はできない。邪魔をする権利もなければ、自信もない。
「…相手がいい奴なら、まだいいけどよ…」
自分は見たこともない歳上の男性。一体テツナはどんな男に惹かれたのか気になるところだが、考えれば考えるほど虚しくなってくる。
…もうこのことについては何も考えまい。
テツナの幸せを見守ろう、青峰はため息をつきながらもそう決心した。
***
「昨日は映画に行ったんです」
「へえ…」
「僕が観たいと思っていた映画のチケットを買っておいてくれてて、びっくりしました」
「ほお…」
「夕飯は、オシャレなレストランを予約して下さってて…僕は場違いでしたけど…すごく楽しかったです!」
「……はあ……」
テツナに彼氏ができてから1ヶ月、テツナの彼氏の話題から耳を背けるのは無理だと青峰は確信した。予想以上に、テツナが惚気てくるのだ。それも、聞いてる限りでは真面目で優しくて仕事も出来て…と、すごく大人で完璧な恋人である。
正直聞きたくないが、ここで自分が不機嫌になってもテツナとしては訳が分からないだろう。自分は、ただの幼なじみなのだから。
「…順調、なんだな」
「はい!」
テツナの嬉しそうな表情は、今の青峰を傷つけるには十分である。
「一緒に写真も撮ったんです。見てください」
「げっ」
「げ?」
「いや何でもねえ」
テツナが嬉しそうに差し出したスマートフォンの画面を、青峰は恐る恐る覗き込む。そこには柔らかく微笑むテツナと、爽やかな笑顔の青年のツーショットが。
(………あー………)
見なきゃよかった、と青峰は内心大後悔をした。画面に写る男は、見るからに優しそうな表情をしている。涙ぼくろが印象的で、黒髪で肌は白く、爽やかな印象。体格は…女子が好む細マッチョというやつだろうか。正に、自分とは正反対だ。
「…お似合いデスネー」
「ちょっと棒読みすぎません?そりゃ僕なんか、横に並んでいいのかなって思いますけど…」
「んなことねーよ」
テツナはかわいい。一見化粧っ気もなく地味に見えるかもしれないが、みんな気付いていないだけだ。肌は真っ白で、細くて華奢で、目は大きくて、唇は小さく薄い。同学年に読モをやってるだとか何だとかっていうマドンナがいるが、そんなのよりも何倍もかわいい。
…と、青峰は思っている。
「あ!そうそう、クリスマスイブの夜も会ってくれるんです。平日だから、会えないと思ってたんですけど……」
「へーーーーーー」
「青峰くんどうでもいい感じが滲みですぎです」
どうでもいいに決まっている。他の男の話なんて、テツナの口から今まで一度も出たことがなかった。それがここまで不愉快に思うとは、今まで自分は何をしてきたんだろうと、青峰は何度目かわからない自己嫌悪に陥る。
(………クリスマス…)
去年までのクリスマスは、自分が一緒にテツナと過ごしていた。何をするわけでもなく、どちらかの家で家族を巻き込みケーキを食べながらワイワイやっているだけの小さなクリスマスパーティー。その恒例行事は歳を重ねるにつれて恥ずかしくなってきていたが、いつもテツナが楽しそうにしているので青峰は何も言わなかった。
それももう今年はないのだろう。テツナは歳上の彼と幸せなひと時を過ごすのだろう。それに、テツナはいつもどこどこに行った、ということしか言わないがもちろんやることもやって………
「……だーっ!!!!考えたくねえ!!!!!」
ベッドに寝転がっていた青峰は、突然大声を出して起き上がった。
相手は社会人だし、手を出さないはずがない。しかしあのテツナにそんな知識あるのだろうか?青峰が少し下ネタを話しただけで軽蔑の眼差しで見てくるくらいだし、初恋もまだだったくらいだ。しかしテツナだってもう17歳。恋人とセックスするくらいは……………
「…ってだから想像すんなよ俺!あーーーーーくそっ!!」
イライラがつのりつのって、手元にあった枕を勢い良く投げたがぽすんと静かな音をたてて部屋に転がるだけだった。
もう考えたくない。考えたくないのに、考えてしまう。
いつも自分の隣にいたテツナが、他の男と身体を重ねるだなんて。それが青峰にとってとんでもないことだというのを、今更になって痛感していた。
しかし何もアクションを起こさなかったのは、自分だ。青峰はそう思う度酷く苦しくなる。
(……あー……俺の馬鹿…)
今の青峰には、テツナの幸せを願うことくらいしかできなかった。
***
「今日もすごく楽しかったです。ありがとうございました」
クリスマスイブ。テツナ達は夕方から合流し、少し街をブラブラしてからゆっくり食事をして外に出た。クリスマスモード一色の街中は、カップルで溢れている。
テツナはいつも通り、門限である22時に間に合うよう21時半には今日のお礼を述べた。
「明日のお仕事も大変かもしれませんが、頑張…」
「あのさ。今日はもうちょっと一緒にいられないかな?」
男がテツナの言葉を遮る。
「えっ……?…あ……でも…、」
できるものなら、テツナだってもっと長く一緒にいたい。しかし、やはり自分はまだ高校生だし、そう簡単に門限を破るわけにはいかなかった。そもそも、今まではこんな時間まで出かけていることはあまりない。
「いいでしょ?クリスマスなんだしさ」
「っあ、えっ……!」
黙り込むテツナに痺れを切らした男は、テツナの腕を掴んで早足で歩き始める。
「あ、あの…どこに行くんですか…!」
「んー、いいとこ」
がっしりと掴まれている腕が痛い。背が小さいテツナは男の歩幅に必死に合わせた。
しばらくすると、男はイルミネーションが飾られている塀の高い入口へと入っていった。自動ドアが開くと、人気がなく大きなタッチパネルだけが設置されている。そのタッチパネルに並ぶ複数の部屋の写真を見てる、テツナはようやく意味を理解した。
「あ…、あの…っ、ここ…」
テツナが不安そうな顔を見せたものの、男はそんなものはお構いなしとでもいうようにテツナの手を強引に引いて部屋へ入った。
硬直するしかないテツナをベッドに押し倒すと、男はニッコリと微笑んだ。
「わかるでしょ、何をするかってことくらい」
「…っえ…、あの、でも…っ…僕もう、門限が…」
「今日くらい大丈夫でしょ。親に何か言われたら適当に誤魔化しておいてよ」
そんな無責任な、とさすがに文句を言いたくなったが、男の手は早速テツナの制服に手をかけていた。
「っ……!あ、あの、…僕、…こういうの、…初めてなので…こ、心の準備が…」
「大丈夫大丈夫、優しくすっから」
お世辞にも心がこもっている返しではない。
テツナはこの流れにどこか違和感を覚えながらも、何も言えず、されるがままだった。
「青峰さん、顔がいつにも増して怖いです…」
結局一睡もできなかった青峰。普段以上に悪い目つきで教室に入ってきたため、桜井がおどおどしながらも突っ込んできた。
「あ?元からこういう顔なんだよ」
「す、すみません!!…あ、そういえば…今日は黒子さんまだ来てないんですね」
「…え」
「いつも必ず朝早く来てるのに珍しいですね。もうすぐ終業式始まっちゃいますけど…」
体調不良以外で遅刻したり欠席したことのないテツナが、クリスマスイブの翌日に遅刻、だと。
ただでさえ低かった青峰のテンションが更に低くなる。いくら彼氏ができて浮かれているとはいえ、ここまでくると何だかテツナらしくない。彼氏ができると平気でサボり癖までつくのか。いや、テツナはそんな性格ではない。テツナのことは、昔から隣にいる青峰が1番よくわかっていた。
「あ、青峰さん、もう体育館行かないと時間が…」
「帰る」
「はいっ!?」
「か え る 。じゃーな」
「えっ、帰るって、終業式の後通信簿渡されますよ!?」
「いらねー」
「いやいらないじゃなくて…ちょっと、青峰さーん!」
桜井の必死の叫びも今の青峰には届かない。どんどんとイラつきが増す青峰は速足でテツナの家に向かっていた。
***
学校に行かなきゃ、という気持ちが頭の片隅にありながらも、テツナはベッドから動けないまま終業式の時間を迎えてしまった。
結局昨夜家に着いたのは0時近く。初めての門限破りに両親はきつくテツナを叱った。連絡もなく心配した、と言う両親に、テツナは怒られて当たり前だと思い、素直に謝った。
テツナが怒られて落ち込んでしまったと思ったであろうテツナの祖母が「テツナちゃんだって、たまにはこんなこともありますよねえ」といつもの優しい笑みを浮かべながら慰めてくれたことが、テツナの心を余計にズキズキと痛めた。
家族はこんなに心配してくれていたのに、自分はその間なんてことをしていたのだろう。罪悪感でいっぱいになった。
彼と身体を繋げることだって、もっと先の話だと思っていた。まさか高校生の自分に手を出すと思っていなかった。
何も心の準備ができていなくて、ただただ、怖かった。
まるで強姦のような情事後、シーツには鮮血がついていてテツナはぎょっとした。月経がきたのかと思ったが、今月はこの間終わったばかりだ。
『…、血………』
『え?あー、初めてだったからっしょ』
血を見て不安そうにしているテツナを見ても、男はそれが何だとでも言うような態度しか取らなかった。
その後、特に家まで送ってくれるわけでもなく、駅で何事もなかったかのように別れた。
『今日は何だかすみませんでした。また会える日わかったら教えてください』
夜中にそんなLINEを送ったが、既読がついただけで何も返事は返ってこない。
…やはり、嫌われたのだろうか。
そしてそんなことがあった翌日に、平然と学校に行くことに気が引けた。何だか自分はとんでもないことをしてしまったという気持ちや焦りが大きく、特にいつも一緒にいる青峰と顔を合わせにくかった。
(……2学期は皆勤賞だったのにな………それに、通信簿………)
通信簿はもしかしたら青峰が貰ってきてくれるかもしれない。お互いが休んだ時、プリント類はいつも自然とそうしていた。
そしたら家族の誰かが受け取ってくれるだろう。明日から冬休みだし、しばらく青峰と会うこともない。連絡くらいはきそうな気がするが。
その時はその時だ、とテツナが布団を被ると、
「テツナちゃーん、大輝くんが来てくれましたよ」
階段の下でそう叫ぶ祖母の声に、テツナは落胆した。テツナの心情など何も知らない祖母は、幼馴染みである青峰を普段通り家にあげるだろう。
その声にいつまでも反応しないテツナを見兼ねてか、祖母はテツナちゃーん、と言いながら階段を上がって部屋を開けた。
「テツナちゃん。大輝くんが来てますよ」
「……風邪で声が出ないって言っておいてください」
「出てるじゃねえか」
布団を被ったままだったため、部屋に来たのは祖母だけかと思ったが違ったようで、テツナはガバッと起き上がった。部屋の入り口にはニコニコしてい祖母と、小さな祖母のふた周り以上大きい青峰が立っていた。
「……うわ…」
「てめっ、今うわって言っただろ」
「言ってません」
「つーか寝癖が相変わらずやべえな。そこまでくると芸術品だわ」
「年頃の女子の部屋にズカズカ上がりこんでくるなんて最低です」
「今更何言ってんだよ」
「ふふふ、2人とも本当に昔から仲良いですねえ。今お茶いれてきますからね」
「おばあちゃん、青峰くん相手にわざわざお茶なんていりませんよ」
「おいこらお前が俺んち来た時は毎回ご丁寧にココアいれてやってんだろうが」
ふふ、とテツナが笑う。まさか今笑顔が見れると思っていなかった青峰は少し驚いた。
やっぱり、テツナには笑顔が似合うのに。
「…何があったんだよ」
「え?」
「とぼけんなよ。昨日…例の年上彼氏と何かあったんだろ?そうじゃなかったらいくらお前でも学校休むなんてしねえだろ」
テツナはあからさまに罰の悪そうな顔をした。確実に、何かあったのだ。
「…何もありません」
「嘘つけ。いいから言えって、いつもベラベラ惚気てんだか…」
「僕にだって言いたくないことくらいあります…!」
テツナは泣きそうな顔をしていた。
昔から、女の子のわりに泣くことが少なかったテツナが。
「………べつに、いいんです………ぼくが、いけないから、」
「…え……、」
「僕が……拒んだから……っ……」
青峰がテツナの細い両肩を強く掴んだ。
「拒んだから、って………どういう意味だよ?………、まさか…お前、…無理矢理とかないよな……?」
「…っ………」
テツナは青峰から思いきり顔を背けた。それが、答えだった。
身体を繋げたことを確信した瞬間、一気にカッと怒りがこみ上げた。
「っ…ざけんなよ!自分の彼女が嫌がることをしといて何が彼氏だよ…!」
「…青峰く……」
「あーくそっ!何で……っ…、」
「…青峰くんは…、優しいんですね…」
「…あ?」
パジャマを着たままの、テツナの小さな肩が震える。
「…青峰くんの、恋人になる人は、幸せでしょうね……、」
大きな瞳から流れ落ちた涙は、シーツにポタポタと落ちていった。
「…だ…ろ……、…」
「…え?」
「じゃあ俺の恋人になればいいだろ!!!!」
「え……っ…?」
「何でっ……、」
「青峰、くん……、」
「何で、俺じゃねえんだよ……っ……!」
テツナは目を見開いた。
こんなに余裕の無さそうな顔をした青峰は、産まれて初めて見たのだ。
いつも男らしくて、弱音を吐かなくて、自信たっぷりなのに。そんな青峰に、こんな表情をさせてしまった。
「…青…峰…くん、」
「………悪い。帰る」
「えっ…」
青峰はやってしまった、とでも言うような顔をしながら立ち上がった。同時にテツナの部屋のドアが開く。テツナの祖母がお茶とお菓子を乗せたおぼんを手に立っていた。
「おや、大輝くんもう帰っちゃうんですか」
「…テツのばーちゃん、また今度来るな」
「あらあら」
青峰はテツナの祖母の肩をポン、と叩くと階段を降りて行った。
テツナはこの一瞬で起きたことに頭がついて行けず、固まったままだった。
祖母はご丁寧に青峰を玄関まで見送って、再びテツナの部屋に戻りテツナのベッドの縁に座った。
「…テツナちゃん。大輝くんは、相変わらず優しいですね」
「え…」
「幼い頃からやんちゃで、でもすごく優しい子だったけど…今も顔を合わせるたび、おばあちゃんの腰痛を心配をしてくれるの。テツのばーちゃん、腰どう?って。いつも決まった台詞だけどね。男の子なのに、そこまで気を遣えるのは珍しいですよ」
「………………」
「テツナちゃん、大輝くんとはいつ結婚するんですか」
「…はい???」
「2人とも恋人同士、なんでしょう?」
「ち…違いますよ!おばあちゃん、何を勘違いして…っ…いくらよく一緒にいるからって、」
「あら、そうなの?残念………」
今年82歳になった祖母を見ていると、昔の人思考は予想より遥か斜め上をいく……とテツナはよく思う。まさか、青峰と付き合っていると思われていたとは。
「でもね、テツナちゃん」
しわしわで、温かい手が、テツナの冷えた手をぎゅ、と握る。
「恋人にする人は、どんな時もテツナちゃんのことを1番に想ってくれる人じゃないとダメですよ」
どんな時も、自分のことを、1番に。
ふと、頭を過ったのは、何故だか青峰だ。見た目はあの通りだし、中身も昔からぶっきらぼうではあるが、何だかんだ青峰はいつも優しい。
きっと、今の『年上彼氏』なんかよりも。
祖母の言葉が、ひとつひとつ胸に刺さる。
でもそれは、決してテツナの心を傷つけたわけではない。
「…………はい。そうですね……、おばあちゃん」
間違った方向に進みかけているテツナを救うための、魔法の言葉だった。
***
あのまま1人で部屋に閉じこもっても気が狂う。
そう思った青峰はふらりとクリスマスで賑わう街に出てみたが、辺りはカップルだらけだ。早速後悔したため、賑やかな駅前から少し外れた静かな方へと歩いて行った。
(……あー………勢いであんなこと言っちまったけど…)
あんなのほとんど告白だ。好きだと言ってるようなものだ。青峰はテツナの驚いた表情を思い出すたび、胸が苦しくなった。
(…ん?)
前から歩いてくるサラリーマンが、大声で電話で話している。酔っぱらっているのか、やたらテンションが高い。
「…とか言っちゃってさ。マジつまんねーよな〜俺はただ現役女子高生とヤりたかっただけで、あの子は明らかに処女っぽかったから構ってやっただけなのにさー!」
話の内容に、青峰はピタリと足を止める。サラリーマンは青峰には目も向けず、電話を続けながらゆっくり賑やかな駅前の方へ歩いて行く。
まさか。そんな偶然あるか?
いや、でも、もしかして……。
「えー?いやまあ胸はぺちゃんこだったよ?でもすげー細くて肌白くてさー、あと制服ってのはやっぱくるもんがあるよな〜。え?違ぇーよえりかちゃんは女子大生だって!今回はテツナちゃんってゆー…」
カシャン、と男が持っていたスマートフォンが地面に落ちる。と同時に、男の体も殴られた衝撃で倒れこむ。
「…………ってーーーーーー!!!!はあ!?何す………」
一瞬何が起きたのかわからなくなった男が怒鳴ろうとしたのも束の間、勢い良く胸ぐらを掴まれてグエ、と情けない声をあげた。
目元には特徴的な涙ボクロ。間違いない、テツナに見せてもらった写真の男だ。
「…テツに謝れ」
「っ、は、はあ!?何だお前…っ」
「テツに謝れっつってんだよ!!てめえ、自分が何したかわかってんのか!」
「は、なにっ?つか、くるし、はな、はなせ…っ!」
「おい!何してる!!」
クリスマスのせいか警備のための警察官が多いらしく、速攻駆けつけてきた3人の警察官に引き離される。
「は、な、せ……!」
「こら、暴れるな!」
青峰よりは背は小さいものの、ガッチリした体格の3人に体を押さえつけられれば、さすがの青峰も叶わなかった。
その間に男は服についた汚れをはらいながら立ち上がる。
「お巡りさん聞いてよこいつがいきなり殴ってきたんだよ!マジ意味わかんねえ〜…」
「おい、いいからテツに…っ…!」
「あ?さっきからテツ、テツって…」
男は眉をしかめたが、すぐに『テツ』がテツナのことだと察すると、意地悪くふっと笑った。
「…あ〜何?お前あのテツナちゃんが好きなんだ?ははっ、いいよ全然。こっちは完全に遊びだから」
「んだとてめ…っ」
青峰が再び殴りかかろうとするが、それを警官が慌てて押さえつける。自由を奪われた青峰を見て、男はケラケラ笑った。
「別に、あの子を好きになったわけじゃなくて女子高生かつ処女とヤりたかっただけだから。でも予想以上にバカ真面目みたいだからつまんねーなって思ってたとこ。だからまあ、もう会う気もないからどうでもいいし。あとはお好きにどーぞ」
「なっ…」
「青峰さん!?」
聞き慣れた声がしたかと思うと、たまたま通りかかったであろうクラスメイトの桜井が、顔面蒼白で駆け寄って来た。
「な、な、何してるんですか…!?け、喧嘩…!?」
「ちっ………、良には関係ねえよ」
「おいもういいだろ。とりあえず君はちょっと署まで来てもらうぞ」
警官が青峰をパトカーに乗り込ませようとすると、それを見た男は爆笑した。
「あっははは!だっせえ!やっぱガキって馬鹿だわ、すぐ手出してきてさ〜」
「………」
「はーウケる。俺があんな子本気になるわけな…」
「っテツは!」
「あ?何?」
「テツは、本気でお前が好きだったんだぞ…!」
「…あ、青峰さん…?」
いつもぼやっとしているのに、真剣な表情で怒っている青峰を見て、桜井はポカンとなった。
「テツが、どれだけ…っ」
辛い思いをしたのか。
きっとそう続いたに違いないが、途中でパトカーを閉められ走行してしまった。男は残りの警察官に事情聴取を受けることとなり、桜井は1人取り残される。
「…青峰さん……」
青峰が、大変なことになっている。
桜井は我に返ると、慌てて駅の方へと走りだした。
***
何度開いたかわからないLINEの画面を見ては、テツナはため息をついた。彼と、全く連絡がつかない。夜になってから何度か電話もしたが、出る気配はなかった。
(…もう、終わらせたいのに)
あんなに好きだったけれど。自分のためにも、今の状況からは抜け出したかった。
それにテツナにはもうひとつ、気がかりなことがある。
(青峰くん…、)
あんなに怒っている青峰は久しぶりに見た。でも、あれは自分のために怒ってくれていたのだ。…が。
『じゃあ俺の恋人になればいいだろ!!!!』
あの台詞を思い出すたび、テツナは顔が真っ赤になってしまう。同情で言ったのか?いやさすがにそれは…、でも…。
「テツナ、開けるわよ」
「!」
ガチャ、と部屋のドアが開く。エプロンをした母親が立っていた。
「あのね、今たまたま外で青峰さんの奥さんと大輝くんと会って…、大輝くんが補導されて迎えに行ってたって言ってたんだけど…」
「え…、補導…?」
「何か通行人の人と喧嘩になって殴り合いになったって。厳重注意で済んだみたいだけど…大輝くんがそんなこと珍しいわね…って、テツナ!?どこ行くの!」
「青峰くんの家…!」
「もう遅いんだから明日にしなさい!迷惑でしょ!」
「すぐ帰って来ます!」
テツナは上着を着るのも忘れて、パーカーとスキニーパンツだけの薄着でバタバタと階段を駆け下りた。
青峰が理由もなく誰かを殴るわけがない。そもそも、ああ見えて昔から殴り合いの喧嘩はしない。誰かを殴るのは、よっぽどのことがあったからだ。一体、青峰に何がー…
「っあ…!黒子さんっ…」
「!え…、桜井くん…?」
テツナが玄関のドアを開けると、門のすぐ外にインターホンを押そうとしていた桜井の姿が。
「すっ、すみません!こんな夜遅くに突然…迷惑かとは思ったんですが…っ、黒子さんには伝えないとと思って…」
「…どうしたんですか…?」
「…あの…、さっき僕、たまたま街で青峰くんを見かけて…スーツを着た男の人に殴りかかって、すごい怒ってて…でも、警察官に取り抑えられちゃって…」
「え…、スーツ、の…?」
「…僕の勝手な推測ですけど…、スーツの人は黒子さんの彼氏?か好きな人で…でも何かすごい酷いことばかり言ってたので、青峰さんがあんなに怒ったんじゃないか…って」
「…………」
「青峰さん、普段から黒子さんのことすごい大切にしてるのがわかるので……って、偉そうにすみません…!」
眼の奥から、じんわりと涙がこみあげてきた。
何で、いつもそうやって、1人で…、
「…先に、行っちゃうんですか……っ」
「…黒子さん…?」
「っ、あ…ごめんなさい…桜井くん、わざわざありがとうございます」
「いえ…、」
「…青峰くんに会ってきますね。心配かけてしまって申し訳ないです」
テツナはぺこりと深くお辞儀をして、桜井と別れた。
どうか、青峰が報われてほしい。いつもテツナばかり見ている、青峰を。
桜井はいつからか、密かにそう願っていたのだ。
(…青峰さん、ファイト…!)
***
「あら、テツナちゃん!久しぶりね〜」
「こんばんは…っ、遅くにすみません…あの……、」
「あ、聞いてよ、大輝ってば殴り合いの喧嘩なんかしてきたのよ〜!小学生じゃあるまいし…理由もよくわからないし…本当に参ったわ…」
「はい…母からそれを聞いて……、」
「心配してきてくれたの?ありがとねえ。あいつなら部屋にいるから、あがってあがって。テツナちゃんからもガツンと言ってあげてちょうだい」
おじゃまします、とテツナは靴を脱いで揃えると、幼い頃から何度も上っている階段を一気に駆け上がった。
「青峰くん!」
バンッ!と、勢い良く青峰の部屋のドアを開けると、ベッドに寝転がっていたらしい青峰が飛び起きた。
「うおっ!…テツ!?驚かせんなよ……、何だよ騒がしい」
「喧嘩、したって……殴ったっ、て…」
「あ?…あー……肩がぶつかってムカついたから殴ったんだよ」
「何ですか、その下手な嘘は……、桜井くんから聞きました…殴った相手が、僕の彼だって…」
「…っあー、くそ、良の奴………」
「……僕のために怒ってくれたって…、聞きました…」
「…………」
「…う…うぅ…っ…、っく……、」
「…え?テツ?え?何で泣いてんだよ…え、…ちょっ…」
テツナがボロボロと涙を流した途端、青峰は柄にもなくあたふたとし始めた。
「う…っ…ひっく…、…ばか、ばか、ばか、ばか、馬鹿峰〜…!」
「おい馬鹿言い過ぎだろ。…てか何で泣いてんだよ?…まさかまたあの男に何か言われたか!?」
「違います…っ!」
「…じゃあ、何があったんだよ…、泣いてちゃわかんねえだろ」
青峰は近くにあったタオルをテツナの顔面に押し付けると、テツナの濡れた顔をぐしゃぐしゃと拭った。
「……何でそうやって、…青峰くんはいつもいつも、人のことばっかり心配して…っ…」
「…テツにだけだろ」
「でも、自分の手を汚してまで…っダメです…!青峰くんは簡単に誰かを殴るような人じゃないんですから…!」
見た目が怖くても、ぶっきらぼうでも、無愛想でも、口が悪くても、心は優しい。
1番わかっている。わかっているつもりだった。
「…彼とは、別れます」
「……え」
「本当に、本気で好きでしたけど……もっと…僕のことを見てくれる人の方が…大事……かなって……」
沈黙が流れる。暗に青峰のことを指している内容になってしまったため、テツナはぶわっと耳まで赤くした。
「…ち、違いますよ!あの、僕、あの、青峰くんのこと嫌いじゃないですけど、でもその、まだ幼馴染感が抜けないというか、」
「…ふーん。じゃあもう堂々と狙っていいわけだな」
「……ねらっ……?」
「とりあえずクリスマスに男の部屋のベッドの上に思い切り乗ってくるのは、襲ってくださいって言ってるようなものだからな」
そう言われた瞬間、テツナは瞬速で部屋の端まで逃げた。その速さに、青峰は吹き出す。
「襲わねーよ。俺はあんなクソ男とは違ぇから」
「…………あ、青峰くん…、面白がってるでしょう…、」
「いや、至って真面目だけど。テツが本気で俺のこと好きになるためなら壁ドンでも何でもするわ」
「…か、壁ドン……」
テツナの反応を見て、脈アリかもしれないと分かった途端に青峰は余裕綽々の表情に変わった。
「…ま、俺テツのことなら何でも知ってるし」
「…………」
「テツのおもらしもしょっちゅう見たし」
「!そ、それ、小さい時の話じゃないですか…!!」
「事実だろ」
「今引っ張り出す話ですか!?もう最低です!バカ峰…っ!」
プリプリ怒るテツナを見て、青峰がようやく笑った。テツナはそれだけで、安心した。
今まで、全く気付かなかった。気付けなかった。
隣にいるのが当たり前だったから。
近すぎて、わからなかった。
産まれた時から、こんなに近くに、いたのに。