駆け落ちしましょう、虹村さん前編 | ナノ

駆け落ちしましょう、虹村さん 前編
虹赤♀/大学生×高校生



「駆け落ちしましょう、虹村さん」

虹村は飲んでいたコーヒーを吹き出した。突然、赤司が真剣な表情でそんなことを言うものだから。

バイトが終わってスマートフォンを見ると、赤司から『お話があるのでバイトが終わったら会えませんか』とメッセージがきていた。

別れ話!?とは思わなかったと言えば嘘になる。彼女から話がある、なんて言われたら構えてしまうではないか。そうではないことを信じながら、すぐに駅前のカフェで待ち合わせた。赤司はコートだけ羽織って、鼻を赤くしながらやってきた。

「相変わらず薄着だな〜…ほんと風邪ひくぞ。マフラーくらいしろよ」
「バイトお疲れ様です」
「おう……俺の話聞いてる?」
「マフラー苦手なんです」
「マフラー苦手って何だよ。じゃあアレだ腹巻きしてろよ。腹冷やさなければ許してやる」
「女性に腹巻きを勧めるのなんて虹村さんくらいですよ」
「嘘だろ!?風邪ひいてほしくないから言ってるだけなのにまるで変人みたいな扱いしやがって」
「色気の欠片もありませんけどいいんですか」
「腹巻き女子は嫌いじゃねえ。子供みたいでむしろ可愛いと思う」
「ふふふ。本当変わってますね、虹村さんは」

赤司が笑いながら席につくと、こいつイマイチ腹巻きの大切さをわかってねえなと虹村は軽く不貞腐れた。

「…で、話って?」

ここから、ふりだしに戻るわけである。




ゲホゲホとむせる虹村に、赤司は大丈夫ですかと心配そうに顔を覗き込む。

「…っだい、じょぶ…………てか、かけお…駆け落ち!?」
「はい。…実は最近、以前より出掛ける頻度が多いことをとうとう父に指摘されまして。嘘をつくのも何かと面倒なので、正直に言ったんです。付き合ってる人がいると」
「……それで?」
「今すぐ別れろと怒鳴られました。高校生の分際で何が付き合ってるだって。お前の婚約相手は俺が決めるって………。虹村さんの素晴らしさを語ろうとしても全く聞く耳を持ちません。父には何を言っても無駄だと思います、頑固な人間なので。ですから、駆け落ちしましょう」

虹村は頭を抱えた。
何故赤司はそんなこと淡々と言えるのか不思議でならない。駆け落ち、って。そんなのはドラマでしか見たことがない。

赤司が父親とあまり上手くいってないのはわかっていた。そもそも2人が出会ったきっかけは、赤司と父親の不仲に関係していた。


***


約1年半前。虹村のバイト先であるコンビニに、赤司が駆け込んできたのが全ての始まりである。とは言っても、赤司は客として入ってきたわけではなかった。

時刻は23時を過ぎており、店内には1人か2人客がいる程度。そこに制服姿で飛び込んできた少女の顔は真っ青だった。店内に入って何か商品を見るわけでもなく、荒い息を整える1人の少女。よく見ると、小さな手が震えていた。

「おい、どうした」

気付けば、虹村は品出しをしていた手を止めて少女に声をかけていた。

放っておけない、そう思って咄嗟に行動してしまったが店員として敬語で声をかけるのをつい忘れてしまった、と虹村は頭の隅で少し焦った。

少女は少し驚いた表情をしていたが、すぐに力のない笑みを返した。

「…あ……、」

何か言おうとしたものの口を閉じる。その様子を見て、虹村は以前店長が言っていたことを思い出した。

「…誰かに何かされたのか」
「……っ……」

夜遅い時間に不審者に遭遇して、コンビニに駆け込む女性がよくいるという話を前に店長がしていた。虹村は今までそういった場面に出くわしたことはなかったが、この怯えてる様子は明らかにそうだろう。

「…あ、でも、もう大丈夫です、」
「大丈夫じゃないだろ。今警察…」
「警察は呼ばないでください…!」

虹村が電話を取りにカウンターへ入ろうとすると赤司は虹村の腕を掴んで必死にそれを引き止めた。

「…すみません、わがままなことを言って………でも、本当にそれだけは………」

警察を呼べばこの時間に制服姿で外をうろうろしていたことも責められるだろう。更に不審者に遭遇したというのだから、当然親に連絡がいく。

………親に、連絡されたくないのだろうか。訳あり感が物凄い。と言ってもこのままあっさり1人で帰すわけにもいかない。

「……わかった。じゃあとりあえず俺が家まで送ってく」
「…え」
「俺どうせもうあがるし。ちょっと店内で待ってろ」
「え…そ、そんなことまでして頂くわけには……」
「また変な奴に会ったら嫌だろ。いいからここで待ってろ」

虹村はそう言うと赤司が返事をする前にカウンター内へ戻り、丁度出勤してきた夜勤のバイトに引き継ぎだけして更衣室へ入っていった。


「家どのへんなの」
「あ、あっちです……」

虹村は高速で着替えると、店内で待っていた赤司に声をかけて一緒に外に出た。街灯はあるものの、この時間はそこまで人気があるわけでもないため外は静かだ。やはり1人で帰らせなくて正解だった。

「不審者に遭ったのは災難だけどよ、やっぱ高校生がこんな時間に制服で1人で歩いたらダメだろー。世の中には予想以上に変態がうじゃうじゃいるんだぞー」
「…自分が悪いのはわかってます。でも、学校から帰ってきてからそのまま父と大喧嘩してしまって、勢いで家を飛び出してしまったもので…」

…ああ、だから警察に連絡しないでほしかったのか。大喧嘩してこの時間に制服姿のまま勝手に家を飛び出して、そしたら不審者に遭遇して警察に保護されてしまったら当然親にも連絡がいく。確かに更に気まずくなってしまいそうだ。

「…まー、高校生なんてお年頃だもんなあ。娘と父親じゃ特にそういうのが多くなる時期だと思うしな」
「……えっと、すみません、今更ですがお名前は」
「あ、虹村修造」
「赤司征華です。あの、虹村さんはおいくつですか?」
「俺?俺は21。大学3年」
「大学生!」
「えっ……その反応…俺やっぱ老けて見えるんか……」
「あ、老けてるというかそうじゃなくて、すごく落ち着いてるのでもっと年上の社会人の方かなと…」

虹村を傷つけたかと思ったのか慌ててフォローをする赤司を見て、虹村はつい笑ってしまった。

「あー大丈夫大丈夫、よく言われるから。お前絶対もう子持ちの父親だろって。もちろん違ぇけど」
「……確かに、お子さんがいらっしゃっても若いお父さんだなくらいにしか思わないくらいの貫禄があります」
「歳の離れた弟と妹がいるからそのせいだろ。赤司サンは1人っ子ってイメージだな〜」
「正解です。あ、家ここです」
「おー………」

ベラベラ喋りながら歩いていたらあっという間に赤司の家の前まで来てしまったらしい。が、虹村の目に飛び込んできたのはデカデカとした門と背の高い塀だ。しかも門の向こうに戸建ての家が見えない。一体どれだけ広い敷地になってるんだ。

「今日は本当にご迷惑おかけしました。とても助かりました」
「えっちょっと待てここお前んちなの」
「?はい」
「………………」

確かに、赤司の気品溢れるオーラからしてお嬢様感はあったが、まさかこんなどでかい家の人間だったとは。虹村が1人暮らしをしている4畳半のアパートと比べると月とスッポンである。


そんな衝撃的な第一印象ではあったが、赤司は翌日再び虹村のバイト先にやって来て「つまらないものですが…」と高級菓子を差し出してきたのでいやいやいやと首を横に振った。

「ちょっと家まで送っただけで大丈夫だってこんなことしなくたって!しかも年下からこんな高級なやつ受け取れねえよ!」
「私は虹村さんに声をかけてもらえてとっても嬉しかったし助かったんです。私の気持ちです」

全く引く気がない様子の赤司に虹村はたじろぐ。更に棚の影からはバイトの後輩である灰崎がそっとこちらを見てニヤニヤしている様子が視界に入った。あとでしばく。

「……じゃあ……あ…ありがとな…」
「とんでもないです。お口に合うかわかりませんが…」
「…てかお前またこんな時間に外出てんじゃねえよ、危ねえだろ」

コツン、と軽ーく赤司の頭を小突くと赤司は目を丸くしてキョトンと虹村を見上げた。

やべえ、俺としたことがあんな豪邸に住むお嬢様に暴力を……ってこれ暴力?こんなの暴力のうちに入るか?でもびっくりしてるし怯えさせたかもしれない、この少女には刺激が強すぎたか?

虹村はそんなことを思いながら固まっていると、赤司はフフッと笑う。その可愛らしい笑い方に、虹村はついドキッとしてしまった。

「私、今の初めてやられました」
「ご、ごめ………」
「何で謝るんですか、嬉しかったです。昔から誰もこんなことしてくれないので」
「そりゃ、しねーわ……小突くなんてしちゃいけないオーラが出てるからな…」
「でも虹村さん今したじゃないですか」
「……つい」

赤司はクスクス笑いながら虹村さんって面白いですね、と言う。傷つけたわけではないのは良かったが、何だか恥ずかしくなってきてしまった。

「あ、それに今日は1人じゃありません。外に車を待たせているので」
「……う、おお…」

外に車を待たせてる、なんて言ってみたいものだ。じいやか、じいやが運転手なのか。ってどうでもいいだろそれは。

「心配して下さってありがとうございます。では、これで」
「……おう」
「また来ますね」
「……おう………え?」

虹村がポカンとしている間に赤司はにっこりと笑って店を出て行った。

(………また会えんのか)

って何ちょっと喜んでんだ。相手はあんなおしとやかなお嬢様だぞ、誰かに小突かれたこともないお嬢様だぞ。しかも高校生って、さすがにそれはダメだろ何か………

「にっじむっらさーん、何スか今の!虹村さん高校生に手出しちゃった!?めっちゃ意外だわ〜バカ真面目です!みたいな顔しといてあんな上品なタイプの女子高生に手出すなんてね〜へ〜虹村さんってああいう子が好きなん…っ痛ええええええ」
「うるせえ黙れくたばれカス」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いしぬ離せこの馬鹿力っ!!!!」
「ああ?誰に向かって口聞いてんだカス崎」
「すみませんでし…っ…う、マジで息が」

今までのやり取りを棚の影からずっと見ていたであろう灰崎が案の定ニヤニヤしながらハイテンションで絡んできたため、虹村は問答無用でギリギリとスリーパーホールドをお見舞いしてやった。灰崎が消えそうな声で謝罪を述べたところで途端に腕を離し、灰崎は地面に崩れ落ちる。

「オラんなとこ寝てねえでさっさと品出しの続きやれ」
「く……お、鬼…………」
「あ?????」
「何でもありません…………」


その後も赤司は週2回程、専属執事か何かが運転している車で虹村のバイト先にやって来た。今までコンビニというものをあまり利用していなかったが、改めて見てみると面白いのでたまに寄ってしまうと言って毎回何かしら買って帰るのである。

とは言っても「虹村さんは何曜日にここでお仕事しているんですか」なんてストレートに聞いてきてからは、虹村がシフトに入ってる曜日にピンポイントで来店する。それが長く続けばさすがに限界があり、このあからさまなアピールは虹村にもバレていた。

虹村もバイト中、今日は赤司が来るのか来ないのか常に気になってしまっていたし、気付けばバイト以外の時も赤司のことを考えており、これはまさか……いや嘘だろ…と、高校生に本気の恋をしている自分に気付いた虹村は軽く引いた。

「お前最近アイスばっかだな」
「まだまだ暑いのでつい……」
「アイス好きなの」
「はい、まあ」
「じゃあ今度虹村さんとおいしいアイス食べに行くか」
「えっ」

いつもの如く来店して、アイスをレジに持ってきた赤司に虹村はごく自然な話の流れのつもりでデートのお誘いをしてみた。が、一気に自身の体が恥ずかしさで熱くなるのがわかった。

(やっべえめっちゃ声が裏返った気がする赤司固まってるし!この余裕があると見せかけて実は全くもってない感じが我ながら恥ずかしい、しにそう………)

「って俺とアイス食べてもな!?友達とかとの方が…いい……よな…」
「行きたいです…!虹村さんとアイス…食べたい……です…」

2人ほぼ同時に喋りだしたのでどんどん声がしぼんでいってしまった。一瞬シーンとなったが、お互いだんだん笑えてきて、どうにか休日に出かける約束ができた。

それからよく2人で遊びに行くようになり、行く先も映画館だの動物園だの付き合いたてカップルの定番のような場所が多くなっていき、5回目のデートでようやく付き合ってほしいと伝えた。思い出すだけで顔から火が出そうなくらい初々しいことをしていたなと今は思う。


…そんな出会い方をしたわけだが、なんだかんだ大きい喧嘩もなくトラブルもなく仲良く付き合ってきた。

それが突然どうした。駆け落ちしましょうって、何なんだ。

「…えーとな、赤司。駆け落ちの意味わかってるか?」
「はい。愛し合っている男女の一方または双方の親に身分や人種、交際や結婚を反対された場合に一緒に逃げることを駆け落ちといいます」
「あ、はい…じゃなくて、できねえって駆け落ちなんて!親父さんが心配すんだろ」

虹村は赤司の父親に会ったことはない。が、赤司から散々話を聞かされているので大体どんな人柄なのかは把握している。かなり厳格ではあるが全ては1人娘の赤司のことを想ってのことだろう。虹村はどうしても赤司の父親が嫌な人間だとは思えなかった。

「…虹村さんは、私が他の男の人と結婚してもいいってことですか」
「は!?ダメに決まってんだろ」
「じゃあ駆け落ちするしかありません。このままじゃ父に無理矢理別れさせられて、私は見知らぬ人と婚約させられます」
「…いや、でも、」
「私は虹村さんと離れたくありません」

表情ひとつ崩れない、真っ直ぐな瞳をした赤司に虹村は何も言えなくなった。

もちろん虹村だって赤司と離れたくない、離れようとも思わない。平凡な家庭で育ってきたわけではない赤司と長く付き合っていくには、いつか膨大な壁を乗り越えなければならないのは頭のどこかでわかっていた。が、まさかもうそんな時が来てしまうとは。

虹村は今大学四年で、既にまあまあ有名な会社に内定をもらっており、卒論もこの間終えて特にやることがない今はほとんど毎日バイトの日々。

赤司は高校三年で、指定校推薦で偏差値がバカ高い大学への進学が決まっている。そう、春から2人とも新たなスタートを踏み出す予定なのだ。

それなのに本気で駆け落ちなんてしたら、仕事はどうする?大学はどうする?2人だけでどうやって生きていく?きっと赤司はそんな先のことは考えていない。とにかく一刻も早く今この状態から逃れたいのだ。父親の呪縛から放たれたいのだ。

虹村はしばらくの沈黙のあと、よし、と立ち上がった。

「行くか」
「……え」
「何だよ。駆け落ち、するんだろ」
「…いいんですか………?」
「………まー、……虹村さんに任せなさい」

赤司は目をキラキラと輝かせ立ち上がる。その子供のような反応に、虹村はこいつ可愛いなと密かに惚気た。



(………俺もお前が好きだよ。)




でもきっと最後は、泣かせることになってしまうけれど。







to be continued.



※ちゃんとハッピーエンドにするよ…!!!!!!!!!







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