誰も知らないこの世界 | ナノ

誰も知らないこの世界
青黒♀/引っ越し屋×外に出たことないお嬢様



『外は危ないから、18歳になるまで出てはいけない』






昔から両親にそう言われ続けて育ってきた。
だからテツナはそれが当たり前のことだと思っていたし、人間は皆そうやって過ごしているものだと思っていた。
テツナが唯一見れる外の世界は窓から見る景色だけ。しかしたまたま読んだ本で知ったのは、外の世界はとてつもなく広いということ。
一体どんな世界なのだろう。どんな人達と出会えるのだろう。
一時期、その好奇心から外へ脱出しようと試みたことがあったが、テツナの家には何十人ものお手伝いさんや召使いがいたため成功したことはない。
元々真面目な性格だったため、いつしか脱出作戦は諦めて渋々18歳になるまで待ち続けた。

産まれてから18年経った今、テツナが分かることといえば、自分のことくらいだった。




***




「おはようテツナ。とうとうこの日がきたね」

今日はテツナの世話係に朝からよそ行きのワンピースを着させられ、髪を綺麗にセットされ、両親が待っているリビングへと連れられた。
両親の一言にテツナはぱちくりと目を瞬かせた。

「おはようございます。…それは、外に出られるってことですか?」
「ああ」
「本当ですか!?」
「そう。テツナは結婚するんだ」
「け………」

”結婚”という言葉を聞いてテツナは首を傾げた。

「…お父様、結婚とは愛し合う男女がその後の人生を一緒に過ごすものですよ。僕にそんな方はいません」
「黒子家の古い言い伝えなんだよ。黒子家に産まれた娘は18歳まで一切外に出さず大切に大切に育て、18歳になったと同時に親が決めた男性と結婚することになっている。それが一番安全で幸せになれると言われている。もちろん、テツナに相応しい男を用意したよ」
「……でも僕、その人と会ったこともありません」
「だからこれから会うんだよ。安心しなさい、私が時間をかけて吟味した相手だ。テツナを不幸になんてさせないから」
「…で、も………」
「あと1時間もしたら家に訪ねに来る。それまで部屋で待っていなさい」

テツナが反論する前に、世話係にズルズルと部屋に戻され、テツナはぽかんと開いた口が塞がらなかった。

「……結婚って、愛し合った人達がするものじゃないんでしょうか…」

初めて外に出れると、初めて自由になれると、この日を今か今かと待っていたのに。
ようやく外の世界へ行けると思えば、結婚しろだなんて。しかも親が決めた相手と。
テツナが多く読んだ小説などで出てきた結婚というものとは違っていた。

「そんなの間違ってると思います…」

そもそも18年間も親の言うことを素直に守ってきたテツナにとって、自由になるために今まで我慢してきたテツナにとって、これは酷い仕打ちだった。

(…この18年間は一体なんだったんでしょうか)

そんな想いでいっぱいのテツナは部屋の窓を開けると間下を見た。この部屋は2階のため、飛び降りたりなんかしたら間違いなく大怪我をする。

「単純に玄関から出れるわけがないですし…よいしょっと、」

テツナはワンピースを着ていることもおかまいなく、裸足のまま窓を乗り越えると近くにあった柱にしがみついて慎重にずるずると身体をずらしていった。

(前に洋画で見たから簡単にできるのかなーと思いましたが……難しいですね、これ…)

外で遊んだことも転んだこともなかったテツナは、この行為がいかに危険かよくわかっていないまま実行していた。
しかしこうする以外に逃げ道はない。このままじゃ見知らぬ男性と結婚するハメになってしまう。そんなのは絶対嫌だ、僕はもう自由になるんだ。
そう強く思いながらちらりと下を見ると、もう地面は近付いて来ていた。
…と、油断した瞬間に手汗のせいか滑って尻もちをついて着地してしまった。

「いたたた……映画で見たのはもっと格好よかったんですが…」

テツナがお尻をさすりながら立ち上がるが、まだここは黒子家の裏庭。本当の外の世界に行くには、塀を乗り越えて行かなければいけない。

「…うーん、これ登れるんでしょうか…」

まるで刑務所のように背の高い塀を見上げてテツナはため息をつく。
でもやるしかない!と意気込んでいると、玄関の門の方に大きなトラックが停まっているのが見えた。

「わあ…あれ、もしかしてトラックってやつですかね。大きい……」

初めて生で見るものに見とれていると、家の方から出てきた作業着を着た1人の男性がそのトラックに乗り込んだ。

(あの人はうちのお手伝いさんじゃないですよね、あんな背の高い方見たことないですし)

トラックには『引っ越しセンター』と書いてある。テツナはイチかバチかそのトラックに駆け寄った。
間近で見るトラックは更に大きく、テツナはおお…と感動していたが今はそれどころではないと、とりあえずトラックをドンドン叩いた。

「あの、すみません!ちょっと開けてください!」

すぐにドアが開き、そこには先程の男が運転席に座ったままこちらの助手席側の方に身を乗り出す体勢でいた。
首にタオルをかけ、浅黒い肌をした男はびっくりしたような表情でテツナを見つめた。

「…あ、え?何か手続きし忘れてました?」
「手続き?よくわからないですけど、これからどこに行くんですか?」
「ど、どこって…会社に戻るけど」
「じゃあ外に行くんですか?」
「へ?えーと?ああ、まあ、外…だな」
「…そうですか。じゃあ…大変申し訳ないんですがちょっとそこまで乗せてってもらえませんか?」
「は?」

テツナはお邪魔しますと丁寧にお辞儀すると、トラックの助手席に乗り込んだ。

「は?え?ちょ、なに????」
「本当にちょっとそこまででいいんです!あの塀登り切れる自信がちょっとなくて」
「いや何の話だよ、ていうかあんたここの家の……」
「テツナ様ー!!!!!」
「!!!!」

家の玄関が開き、テツナの名前を呼びながら召使い達がわらわらとテツナを探し始めていた。

「もうバレたんですか…すみません気付かれる前に出発してもらっていいですか?」
「いやちょっと待て、え、何なの本当にマジで、気付かれる前にっておい」
「いいから早く!!!!今バレたらおしまいじゃないですか!!」
「ええええええ」

テツナの威圧に負け、その男ーー…青峰大輝は、エンジンをかけて黒子家を出て行くしかなかった。




***



訳も分からぬまま、つい勢いに負けてテツナを乗せたまま黒子家を出てしまった青峰はどんどんと嫌な予感を感じ取っていた。
が、隣に座る小さな少女は窓から見える景色に釘付けで青峰のことは放置状態である。

「うわあぁ〜…すごいです、あ、あれテレビで見たやつです…!すごい!」
「………おい」
「あっすみません。えーっと、すごく助かりました!もう降りますね」
「へ?今?」
「はい本当にありがとうございました。この恩はいつかお返しします。お名前は?」
「青峰大輝…」
「青峰くんですね、絶対に忘れません。では」

テツナはトラックが信号待ちで道路のど真ん中に停まっているにもかかわらず、なんの躊躇なく助手席のドアを開けようとしたため青峰は慌ててテツナの腕を掴んだ。その細すぎる腕と真っ白な肌に改めて驚きながら。

「ここで降りたりなんかしたら危ねえだろうが!ていうかとりあえずシートベルトしめろ!」
「シートベルト??」
「え、シートベルトわかんねえの…?」
「すみません、僕車に乗ったの初めてなんです。テレビとかでは見ていたのですが…」
「…………………」

先程から、この少女はあの豪邸の娘か何かだと勘付いてはいた。ちょっと世間知らずのお嬢様なんだろうかと。しかし世間知らずを通り越して車に初めて乗っただのシートベルトという単語を知らないだの、挙句の果てには何気ない景色にでさえはしゃいでいるし…しかもよく見たら裸足だ。靴を履いていない。
拉致?監禁?そんな言葉が青峰の脳内を過ったが、目の前の少女の様子を見ているとそうは思えない。
とにかく、これは相当厄介な理由があるんだろうと確信した。

「…シートベルトはこれ。急ブレーキとかかかってもケガしないためのもんだよ」
「へええ…」

青峰が手を伸ばしてテツナのシートベルトを締めてやると、テツナは目を輝かせて興味深そうにシートベルトを見ていた。

「あ、申し遅れました。僕は黒子テツナって言います」
「…あのでけえ家の娘か?」
「でかいですか?」
「めっちゃでけえだろうが」
「そうなんですか、僕今日初めて家を出たのでよく分からないんですが」
「はぁ!?」
「?」

テツナの台詞を理解できず、青峰は信じられないという顔でテツナを見た。が、信号が青に変わったためとりあえず車を発進させる。

「…ちょっと待て、お前何歳だ?」
「18歳になりました」
「……18で初めて家から出たのか?」
「はい。今日までずっと、外は危ないから18歳になるまで出ちゃいけないって。だからもう今日から自由になれるんだって思ってたら…お父様達が決めた方と結婚しなさいって言われて。それが黒子家の言い伝えだそうです」
「……ちょっと意味がわからない」
「僕はまだ結婚なんてしたくないんです。18歳になれば外に出れるって、そのために生きてきたようなものなのに………ようやく自由になれると思ったのに、いきなり知らない人と結婚だなんて…正直無理です」
「…だから黙って抜け出してきたって?」
「はい!」
「…………………」

今時言い伝えとか、ましてやそんな異常とも言えるやり方をしてきた大豪邸の娘の家出を手伝ったことになってしまった青峰は頭を抱えたくなった。
本人は家に戻る気はさらさらないだろうし、とは言え先程あの家のメイドみたいな奴等が大騒ぎでこのテツナという少女を探していた。今もきっと騒いでいるに違いない。
…今からでも戻すべきかと思ったが、この歳まで外に出れなかったなんて聞くとあの大豪邸の人間達は異常な奴等ばかりなんじゃないか。いくら何でもその世界にまた放り込むのはかわいそうだ。
警察に預ける?いやそしたら家出少女として家に戻されるだけだろ……どうすればいいんだ。

「ところで青峰くんはうちに何しに来てたんですか?」
「…俺の仕事は引越し屋だから、お前んちの親から近々娘の引越しをしたくてって頼まれたんだよ。それで今日手続きとか打ち合わせだけしに来た」
「僕が引越し…?」
「結婚させられそうなんだろ?よくわかんねえけど、その親が決めたっつー結婚相手の家に引越させる予定だったんじゃねえの?」
「……ああ…、」

そこまで勝手に決めていたのか、とテツナは表情を暗くした。が、

「というか…引越し屋さんってすごいですね」
「別にすごくねえだろ、体力ありゃやっていける仕事だし」
「重いものたくさん運ぶんでしょう?すごいですよ、僕絶対できません」
「そりゃそのガリガリな体じゃな…」

肉がついてないわけではないが、背が小さいのと肌が真っ白なのも手伝って、テツナはとても華奢な少女だ。ガタイのいい青峰から見ると余計に。
だと言うのに、彼女はこの先を1人でどうにかしようとしている。どう考えたって無理だろう。ましてや初めて外に出たというのだ、危なっかしくて仕方が無い。この無知っぷりと純粋さを利用してそれこそ変な世界に連れて行かれてしまいそうだ。

「あ、その辺で降ろして頂いて大丈夫ですよ」
「…大丈夫なわけねえだろ、お前靴は?」
「靴?持ってないです」
「1つも!?」
「はい」
「………ソウデスカ…」

この時代にこんなことってあるのか。青峰はテツナをそのへんに放置するわけにも、あの家に帰すわけにもいかないと思った。
世間知らずどころではない危なっかしさ、それでいてバカ真面目なためこれじゃ1人で外になんて出せるわけがない。
じゃあ、どうすれば……………

「…とりあえず………靴。靴買ってやる。あとはそれから考える」
「そんな、そこまでして頂くわけには…」
「金持ってんのか?」
「………いえ」
「だろ?ていうかな、このままお前乗せて会社戻るわけにはいかねえんだよ。とりあえず一度俺のアパートに寄って…まああとは何とか……なるだろ」

テツナは申し訳なさそうにすみませんと呟いた。が、しばらくするとまた外の景色に釘付けになり、ひたすらすごいすごいと言っていた。

普段ならこんなことに巻き込まれたら面倒くせえと思いそうな青峰だったが、何故か今はこの娘をどうにか守り抜かなけばという気持ちがあった。
というか、あの大豪邸にはこの娘の味方が一切いないんじゃないかと、青峰は思った。
自分が今見捨てたら、この娘はどうなってしまうのかと。
この小さな身体で、どうやって闘うんだと。


ただその想いばかりが、青峰の脳内をひたすら巡っていたのだ。



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も 妄想にお付き合い下さりありがとうございました………続かないです(:o 」∠)_







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