お前以外どうでもいいってこと 後編 | ナノ

お前以外どうでもいいってこと
青黒♀/宅配ドライバー×本屋店員




本屋の店員はテツナにとって初めてのバイトだった。
大学に入学してからだいぶ落ち着いてきた今、どうせバイトをするなら大好きな本がたくさんある本屋がいいとぼんやり思っていたのだ。
そこでタイミング良く、大学がある最寄駅のショッピングモール内の本屋がバイト募集をしていた。
採用されたらいいなあと大して期待せずに応募したら予想以上にあっさりと決まり、今こうして週に3、4回ほど働いている。
慣れない接客業に戸惑うこともあるが、それも楽しいと思えてきた。大変なこともあるが、やはり大好きな本に少しでも関われているのは嬉しいし楽しい…………楽しい、のだが。

「今日もちっさいなー」

テツナが従業員用入口に入ってエレベーターを待っていると、後ろから頭を鷲掴みされた。
…こんなことをしてくるのはアイツしかいない。そう思いながらテツナは自分の頭を掴む手を引っ叩いてからギロリと睨んだ。

「やめてくださいこれは立派ないじめです。弱いものいじめです。君のせいで僕の心はズタズタです」
「今からバイトか?大学は?」
「人の話聞いてます?」

テツナのバイト先によく納品やら集荷やらで来る、この青峰大輝という明らかに体育会系の宅配ドライバーにやたらと絡まれる。
最初の出来事のせいでテツナ的にはもう失礼な男という印象しかないのだが、これがまたタイミング良くテツナがバイトの日と青峰が店舗集配に来る日がよく被るのだ。

「今日は授業が午前だけだったので今からです」
「ふーんお前よく働くなあ。俺が大学の時とか毎日遊んで寝てたわ」
「今も遊んでそうですけどね」
「何言ってんだお前、こんなに紳士的に成長したってのに」
「紳士は初対面の人にチビなんて言いません」
「あ、それまだ根に持ってんの?ごめんって」

あれから顔をあわせるたびに青峰は何かとテツナに絡んでくる。その軽いノリから遊んでそうな人だなと勝手なイメージをつけているが、話しているとまあ悪い人じゃないのかもしれないとたまにテツナは思う。
が、今更良対応するのもおかしな話だと思い、絡まれてもかなり適当にあしらっていた。

「何か奢ってやるから許してくださいテツナさん」
「じゃあマジバのバニラシェイクで」
「バニラシェイク?あれが好きなのか?」
「おいしいじゃないですか」
「そっか。りょーかい」

青峰はそう言うとくしゃりとテツナの頭を撫でてから丁度きた台車専用のエレベーターに乗り込んだ。

何で青峰みたいな男が自分なんかに無駄に絡んでくるのだろうと常に疑問を持っていたが、きっとどの店舗の店員にもあんなフレンドリーなんだろうなとテツナは勝手に決めつけていたのだった。





「黒子さんって青峰さんと仲いいよね」
「え………?」

閉店後更衣室で着替えていると、突然バイト仲間にそう言われたテツナは心底驚いた顔で振り返った。

「いっつも凄い喋ってるじゃん、羨ましい〜」
「青峰さん超かっこいいよねー、男らしい男って感じ!」
「クールなイメージあったけど黒子さんとは結構喋ってるんだよね」

バイト仲間に口々にそう言われるが、頭がついていかない。
仲いい?クール?男らしい男?誰が????
テツナが知っている青峰のイメージとはだいぶかけ離れた情報についポカンとなる。

「え…誰にでもフレンドリーなチャラ男じゃないんですか……」
「まさか!だって青峰さんがあんな風に店員に絡んでるの見たことないよ」
「いっつも淡々としてるよね〜それがまたかっこいいんだけど」
「そうそう、特にアパレル系の店員からすーごいモテるみたいだけど全部断ってるらしいよ」

となると、ますます自分なんかに絡んでくる意味がわからないとテツナは眉をしかめた。
テツナは身長も平均の女子より低く、肌の白さも手伝ってひょろりとしている。髪型は肩までのボブカットで化粧もあまりしていない。私服もスキニージーンズやチノパンやらあまり女の子らしい服装を好まない。4年制大学の文学部所属で趣味は読書。大学にいるような同年代の子達と比べれば完全に目立たない存在だった。
それはテツナ自身もよく分かっていたが、特に目立ちたいとも思わないし、テツナなりに平凡な日々を過ごしていた。
そんな自分を、青峰みたいな今時の女子がキャッキャ言うような男が無駄絡みしてくる意味がわからない。
青峰からしたらテツナは自分が担当している店舗の店員のうちの1人に過ぎないはずだ。他に可愛い女の子などたくさんいるだろうに、よりによって自分なんだろうか。考えれば考えるほどわけがわからなくなってきた。

「…からかわれてるだけだと思います」
「えーそうなのかな?少なくとも黒子さんのことは気に入ってるよね〜」
「ね〜!羨ましい!」

気に入られるようなことをした覚えがない、むしろ逆に嫌われそうなことばかり言ってるんですけど…と、テツナは思いながらバイト仲間に挨拶をして更衣室を後にした。




***



「聞いたぞ青峰。お前8階の本屋店員をたぶらかしてるって?」

青峰が納品用入り口のすぐ横にある自販機で飲み物を選んでいると、思い切りニヤニヤした火神がポンと肩を叩いてきた。

「え?ああ…うん」
「認めるのかよ!たぶらかしてなんかねーよってくると思ったのに」
「いや何か確かにたぶらかしてるかもなって思って」
「へー…めっずらしいな……そんなにいい女なのか」
「うん何か小さいくせにいつも全力で悪態ついてきてかわいい」
「お前の口からかわいいって単語が出てくると思わなかったわ…しかもマゾ発言か」
「やー俺今までぶりぶりした女とばっか絡んできたたからすげえ新鮮……というか俺は無意識にああいうタイプの女を探してたのかもしれん…マジ運命だと思う」
「すまんがお前が真顔で運命とか言うと気持ち悪ィな」
「でもあれなんだよ、全然落とし方がわかんねえ。どうやったら少しでも俺にドキッとしてくれるのかとか何も想像がつかない。脈アリ要素ゼロすぎて逆に燃えるが」
「お前がそこまで夢中になるってよっぽどだな…」
「ほんと自分でも不思議でしょーがねえけど。何かもうかわいくてかわいくて」

淡々と惚気る青峰に、火神はこりゃおもしれえな、と小さく笑った。

「…まーお前ならいけんじゃね。基本いい奴なんだし」
「基本ってなんだよ」
「てかその本屋店員に彼氏とか好きな奴はいねえの?」

火神の一言に青峰がバッと口元をおさえた。

「…忘れてた…そのことを……知らねえ…」
「一番重要だろそこ…」
「あんだけ可愛いからいるかもしれねえ…あああああ」
「と、とりあえずさりげなーく聞いてみろよ」
「…さりげなーく?」
「ああ、さりげなーく……」







「テツって好きな奴とか彼氏とかいんの?」

この場に火神がいたらどこがさりげなーくだよ!と突っ込まれてそうな直球質問に、テツナは目が点になる。

「は…、」
「あ、これにサインな」

休日の今日、テツナは朝からシフトが入っていた。
いつものように納品分を運んできた青峰が突然なんの恥じらいもなく真剣に聞いてきた質問内容にテツナは更に頭を抱えることになる。

「…いま…せんけど…」
「まじで?あーよかったー!」
「…ていうか、何ですかテツって…」
「え、テツナだからテツでいっかみたいな」
「…本当に君はよくわからない人ですね……意味不明です…」
「テツも俺のこと名前で呼べよ。いつも君って言うけど」
「…嫌です」
「何でだよ、せめて青峰くんって呼んでほしい頼む」
「何かムカつくから嫌です」

普通に考えれば完全に好きアピールだと気付く青峰の態度も、鈍感かつその手の経験が全く無いテツナは気付かない。本当に意味がわからないと思うばかりだった。

「まあとりあえず今度俺と遊べよ」
「は?何でですか嫌ですよ…」
「黒子さーん、ちょっと来て〜」
「あ、はーい!…サイン書きました。副店長が呼んでるので、じゃ」

サインをした控えを青峰に押し付けるように渡すと、テツナは逃げるように副店長のいる店の奥へと駆けて行った。
ぽつんと取り残された青峰がテツナの小さな背中を見ながらぼんやりと呟く。

「…髪結んでんのもかわいいな」









「…ってことで、明日も黒子さん早番なんだけど、ちょっと早めに来れる?手伝ってほしいことがあってさ」
「わかりました」

人の良さそうな、20代後半くらいの男性である副店長が申し訳なさそうにテツナに言う。
テツナは小さく笑って頼みを承諾した。何を手伝うのかは知らないが、自分なんかでもこの店の役に立つなら頑張ろう。そう思いながらカウンターに戻るが、先程の青峰の言葉がいつまでも頭から離れなかった。
一体何を考えてるんだろうあの人は。からかいすぎにも程がある…それに自分なんかと遊んでどうすると言うのだ。
はっきり言って住んでる世界が違うというか、青峰はもっとキラキラとした人達と一緒にいるべきだとテツナは思う。

(僕みたいな影の薄いただの大学生に関わりたがるなんて、本当に…意味不明……)

深いため息をついたテツナはまだ何も気付いていなかった。
こうして知らぬうちに青峰を意識してしまっていることも、

これから自分の身に起こる恐ろしい出来事も。




***





(全然わからねえ……)

どうすればテツナは自分を意識してくれるのだろうか。
今までおふざけの恋愛しかしてこなかったばかりに、いざ本気で好きになった相手のアピール方法がわからない。
わからなすぎてとりあえず直球アピールしかできていないのだが、いまいちテツナには響いていないように感じていた。
とりあえず今朝の納品分は配り終えたため、青峰は一度トラックに戻ろうと空になった台車を押していると向こうからテツナと同じユニフォームを着たパートらしき中年女性2人が歩いてきた。

「聞いた?副店長の話…」
「なに?」
「最近入ってきた黒子さん狙ってるみたい…仕事中もすごい黒子さん見てるのよね」
「えっ、あの人前にも新人の若い子狙ってセクハラ紛いの問題になって、上から次はないって言われてなかった?」
「そうそう、懲りないわよね…仕事出来るし愛想もいいのに、何でそんなこと…」
「確か明日も副店長と黒子さん朝からシフト被って…ひっ!」

パートの女性の前に、長身かつ目付きが悪い男がものすごい形相で立ちはだかる。

「…ちょっとその話詳しく教えてくれ……ないですかね?」

見慣れた運送会社のユニフォームを着て鬼のような顔をした若者に、女性2人は頷くことしかできなかった。












副店長の言う通り、いつもの出勤時間より1時間早く来たテツナは大きな欠伸をして店へと向かう。
まだ周りの店の店員達はどこも来ていなくて全体的に真っ暗だ。
ディスプレイを大きく変えたりするんだろうか。でもそんな大事な仕事バイトの自分に頼まないだろうし何だろう…とテツナは寝ぼけた頭で考える。

(…今日も、来るのかな)

朝の納品で来るか、集荷で来るか。結局テツナの頭の中は青峰でいっぱいになっていた。
しかし次会った時どういう顔して会えばいいのかわからない。何だか会うのが恥ずかしい。なんて思ってしまう自分も意味がわからない。

店頭の電気はついていないが、店の裏側に繋がるカーテンの奥は明かりがついていたためカーテンを開くと副店長が座っていた。

「あ、おはよう黒子さん」
「おはようございます」
「ごめんね、こんな朝早くから…」
「いえとんでもないです。何を手伝えばいいですか?」

何の疑いの眼差しもかけてこないテツナに、副店長である男はふふっと笑った。

「…黒子さんってさ、ほんと純粋だよねえ。今時珍しいなあ、そのへんにいるケバい女の子達とは全然違うよねえ…かわいいなあ……」
「へ…?」
「君みたいな子、凄いタイプなんだ……厭らしいことはなーんも知らなさそうな子」
「は……?」
「あはは、驚いてる顔も可愛いね」

テツナがポカンとしている間に、傍にあった簡易的なソファーに勢い良く押し倒されてしまった。
目の前にはハアハアと荒い息遣いの副店長が自分を見下ろしている。
その時初めて、テツナは今の状況の危険さに気付いた。
いつもの優しい表情をした副店長の興奮しきった顔にゾクリと背筋が凍る。逃げたくても、普通より体力がないテツナと成人男性の力の差は歴然としていた。

「ここまで来たらさ…、わかるよね。何をするかってことくらい」
「っや、…」

ぷちんぷちんとブラウスのボタンが外されていく。
この先に起こるであろうことは、確かにテツナでもわかった。わかってしまった。

(こわい、こわい、こわい、いやだ、こわい、だれか、だれか…っ)

「ああ、泣いてるの?かわいい…いつも無表情だからさ、そういう顔も見れて嬉しいよ」
「や…やだ、や、いや…っ…」
「暴れないでよ。それに、どうせ誰も来ないよこんな朝早く」

(…………あおみねくん、)

テツナはぼろぼろと涙を流しながら、頭の中で初めて青峰の名前を呼んだ。何故ここで青峰を思い出すのかテツナ自身も分からない。
それでも、今、いつも無駄に絡んでくる宅配ドライバーの男が恋しくて恋しくて仕方なかった。

「…あお、み、ね…くん……」
「何ソレ彼氏?彼氏いるの?残念だなあ…まあでもとりあえず今はこっちに集中だよ黒子さん」
「…や…、いや…っ、やだ、青峰くんっ!青峰くん……!!」
「…ん?青峰ってもしかしてあのよく集荷に来るドライバーの……………」
「すんませーーーーーーんサインくださーーーーーーーーーーーーーーーーい」
「っ!?」

自分達以外誰もいないはずのこの店のカーテンの向こう側から、でかい声がしたかと思うとシャッとカーテンが開く。
そこにはいつもの宅配ユニフォームを着た青峰が、人1人殺してきたような顔で立っていた。
青峰は、慌ててテツナの上から退いた副店長に肩を回し乱暴に引き寄せた。

「っな、なんで、ドライバーが、こんな時間に、」
「あ?納品だよ納品。毎朝来てやってんだろうが」
「は、早すぎるだろう!いつもこんな早く来ないくせに…っ」
「俺が何時に来ようが勝手だろクソが。あー今すぐボッコボコにしてやりてえけど殺しかねないからやめてやる。代わりに俺がご丁寧に店長さん呼んどいてやったぞ」
「!?な、な、な、」
「よかったなー、前科持ちだし今度こそクビだな。おめでとう」
「く…っ…クビ……!?は、あ、店長…っ!」
「…お前…本当に……」

少し遅れてやってきた店長が、服が乱れて涙目の黒子と青峰から逃げられないようにされている副店長を見て青ざめた。

「お前は…!前回はうんと甘い処分にしてやったのに酷くなってるじゃないか!こっち来い!今から本社行くぞ!」
「ちが、違うんです店長……!」
「お前の見苦しい言い訳なんか聞きたくない!」

悲惨な会話をしながら、店長は副店長をずるずると引きずって店を後にして行ってしまった。

嵐が去ったようにすっかりと静かになり、テツナは自分の乱れた格好にハッとしてすぐに胸元を隠す。
そんなテツナのすぐ横に座ってきた青峰に、テツナはびくりとあからさまに肩を震わせた。
青峰はテツナの小さな頭を引き寄せるといつものようにくしゃりと頭を優しく撫でる。

「…ごめん、来るの遅かったな」
「……っ…」

テツナは無言でふるふると首を横に振った。
テツナにとってこんな人気のない時間に助けてもらえたこと自体奇跡であり、しかもそれが自分が呼んだ青峰ということに、嬉しくて仕方なかった。
しかしそれを上手く言葉にできない。いまだに青峰への気持ちを、ちゃんと表すことができない。

「でもちゃんと聞こえたぜ」
「…え……」
「青峰くん、って」
「っ……」

必死で青峰の名前を呼んだことに、テツナは今更ながら恥ずかしくなってきてしまった。
大体今まであれだけ冷たくしてたのにこんな時だけ都合が良すぎるのではないかと、どんどん罪悪感が募る。

「……ありがとう…ございました……助けて頂いて…」
「…おう」
「…ていうか…何で本当に、こんな朝はやく……?納品なんて嘘でしょう?」
「……さあ?ひみつ」

そう言って悪戯っぽく笑う青峰に、テツナは少しドキッとしてしまった。

…助けてもらった礼の他にもっと言うことがある。
あるのに、それが何かわからない。なんて言い表せばいいか、わからない。
どうしようと葛藤していると、青峰が思い切り自分と密着していることに今更気付いてバッと青峰から離れた。
青峰が驚きつつテツナを見ると、テツナの顔は真っ赤だった。そしてテツナが小さく口を開く。

「…ち…ちかい…です……」
「え?」
「っ、青峰くんが近いのが、恥ずかしいんです……っ」
「……おい、それって、」
「やっ、だめ、近寄らないでくださいっ」
「ちょ、そんなエロい反応されると色々とやばいんだけど……」

テツナの顔はどんどん赤くなっていく。
そんなテツナを見て青峰が黙っているわけもなく、ソファーの端に縮こまっているテツナに近付きぎゅっと抱きしめた。

「っや……!やです、はなして、やだあ…っ…」
「…何なのお前……いちいち反応が可愛すぎるだろ…てかその声エロいからやめてほんとにいややめなくてもいいんだけどでも俺のあれが」
「ふ…っ、ゃ、…やだ…」
「…何で嫌なんだ?」
「……わかん、な……っ、…なんか、青峰くんが、こんな近いと……っ、…心臓が爆発しそうで、やです……っ!」
「…それ無自覚?まじで?やべえ天使だなお前…」
「何言ってるんですか……っ、も、はなしてくださいっ!」

自分の背中をぽかぽか叩いてくる小さな手も、愛しくてしょうがない。
両思いってことでいい?いいんだよな?とじわじわ喜びが増す青峰だが、抱きしめただけでこの反応だ。


(……テツが可愛すぎてしぬかもしれない、)


テツナが青峰と付き合った後、キスをするだけでそれはもう時間がかかったということは、

…また別のお話。












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