お前以外どうでもいいってこと 前編 | ナノ

お前以外どうでもいいってこと
青黒♀/宅配ドライバー×本屋店員




「………くっそあちぃ……」

トラックから降りた途端にむわっとする空気に青峰は思わずそう呟いた。
某宅配便のドライバーに勤務し始めて早二年。運転してる最中はいいが、どでかい荷物を運ぶ時などこの季節は正直キツイところだ。
男として体格にも体力にも恵まれた為、この仕事は適職ではあるがそれでも暑さには勝てない。暑いものは暑い。
青峰は個人の家に荷物を配送するわけではなく、主に駅ビルの中の店舗を回って宅配物を集荷したり納品物を運送したりする、業者と業者の配送担当のため比較的大きめの宅配物が多い。
ここ最近は都心から少し外れた場所の某駅ビルの店舗を回っているが、この駅ビルが無駄に大規模で広く一人で回る店の数が多く厄介なことも多い。

(まあ、ビルの中は冷房キンキンだし少し涼めるのはいいけどな…)

そう思いながら台車に納品のための荷物を乗せて納品用入口に入ると、青峰のように他の運送会社のドライバーも何人かエレベーター前でエレベーターの到着を待っている。この駅ビルの朝のいつもの光景だ。
その中に同じ運送会社で働く男がいた為、青峰はそろりと近付いて肩を叩いた。

「あーなんだ青峰か」
「俺じゃわりーのかよバ火神」
「いや別にそういう意味じゃねえけど」
「そういえばお前またこのビルの店の店員から狙われてるって?」
「何でお前がそれを………」
「風の噂で」

この駅ビルには数多の店舗が入っている。アパレルショップもあれば雑貨屋も本屋もCDショップもカフェも惣菜屋も。
それぞれの店に色んな店員がいるが、集荷にくるドライバーは大体決まってるので店員側はそのうち顔を覚えてしまうのだろう、そのドライバーが自分好みの男だと稀に女性店員がアタックしてきたりするのだ。

「狙われてるっつーかメアド書かれたメモ渡されただけで」
「それ十分狙われてんだろ。何階のどこの店?可愛い?おっぱいでかい?」
「…胸は知らねーけど顔は可愛いんじゃね。わかんねえ。店は言わねえ」
「んだよ教えろよ」
「教えたらお前絶対自分の担当の店じゃなくても見に行くだろ」
「当たり前だろ」
「……………つーかお前だってよくあるだろそういうの」
「あるっちゃあるけどよー、揃いも揃ってギャル系ショップの店員限定なんだよな…」

ブハッと火神が吹き出す。
青峰はお前ほんと失礼な野郎だな、と睨んだ。

「野性的な感じがギャルにウケてんじゃねえの?マジうけるわ……肉食系オーラしか出てねえしな」
「俺は堀北マイちゃんみたいな子がいいんだけど。てか待てよお前だってギャルに好かれそうなビジュアルじゃねーか思いきり肉食け…」
「おいどけそこのモテ男達」

背後からドスの効いた声が聞こえ二人が振り返ると、これまた同じ運送会社で二人の先輩にあたる日向が鬼のような形相で立っていた。

「あ、お疲れーっス……」
「お前ら朝からモテ自慢とか嫌味以外の何ものでもねえな…」
「自慢じゃなくて困惑してんだよ」
「青峰お前は口の利き方から教えてやるからとりあえず黙ってろ」
「いやマジ、パンダみたいな目の女にばっかアピールされる身にもなれっつー話」
「うるせーよいいだろうがモテてんのには変わりねえんだから!より取り見取りでよ!!むしろ俺が集荷行った時に『今日は青峰サンじゃないんですかぁ?』って言われた俺の身になってみろ!!!おい火神笑うな!!!!」
「あ、エレベーター来た。お先ー」
「よし青峰お前いつか絶対いつかぶん殴ってやるからな………な!!!!」

何故か憤怒している日向と笑い転げる火神をよそに、青峰は台車を押してエレベーターに乗り込んだ。




***




慣れた手つきで担当の店舗を回り納品物を次から次へと渡しに行く。

(最後は角にある本屋…)

いつものようにレジカウンターに顔を覗かせたが店員がいない。まだ開店前だから裏にでもいるんだろうか。

(いつもはこの時間ならいるんだけどな)

サインは後ででもいいかと荷物だけ置いて去ろうとした途端、奥から見慣れない小柄な女性が出てきた。こちらを見て何故か固まっている。
とりあえず青峰はズカズカと近付きいつものように受領書を差し出した。

「これお願いしまーす」
「…えっと、」
「?」
「……サイン?すればいいんでしょうか?」

よく見やればその女性の胸には『研修生』のバッヂがついていた。それを見て悟った青峰は、

「うん、この部分に名前書いて。5枚あるから」
「あ、はい、」

女性はペンを取り出すと受領書をカウンターに置いて懇切丁寧にサインをし始めた。

(新人か。通りで見ない顔だと思った。つーか何かちっせーな…頭とか鷲掴みできそう…)

せっせとサインをする女性店員をぼーっと見ていると、書きましたと受領書を渡された。

「あ、どーも。これ今日の納品分ね」
「はい。有難うございます」

チラリと見た研修生バッヂの下にある名札には『黒子』と書かれていた。

(くろこ?変わった名字…。てか愛想もクソもない店員だな。別にいーけど)

他の店舗だと、特に女性店員なんてのは無駄にテンション高いのに珍しいタイプだなと青峰は思うが、そんな女性店員は青峰狙いでわざとテンション高く振る舞ってることを青峰本人は気付いていやしない。

(…なんつーか………ちっせーし影うっすい…肌白いからか…)

青峰が思った最初の印象は単純にそれだけだった。
黒子という店員が奥に戻っていったのを尻目に、青峰はトラックへと戻ったのだった。





昼食をトラックの中で食べた後に、再び冷え切ったビル内を歩きながら台車を押しつつでかい欠伸をした。

「集荷ありまっかー…」

目をゴシゴシ擦りながらとあるアパレルショップの入口で立ち止まった瞬間、カウンターにいた店員が目を輝かせて小走りで近付いてきた。

「青峰さぁん!お久しぶりです〜!」
「…えーと……」

あんた誰だっけ、という言葉をぐっと飲み込む。昔なら確実に口にしていただろう。これでも色々と成長したと青峰自身は思っている。

「最近青峰さん集荷に来なくて〜ちょー寂しかったんですよお!」
「…はあ………まあ日によって担当違う時あっから」
「そうなんですかぁ〜。あ!あの、青峰さんよかったら今度」
「で、集荷は?」

店員のあからさまな下心が面倒だなと思い、思いきり台詞を被せてしまった。
「あ…ないです……」と店員がしょんぼりしながら言うのを目にして、ちょっとわざとらしかったかと青峰は思ったが「んじゃ」と言ってから次の店に向かって台車を押し進めた。

(…大学時代はもっとがっついてたんだけどな)

今みたいなパンダメイクの女性だろうとなんだろうと、性欲処理の対象として適当に遊んでいた。我ながら若かったなと思う。
しかし今はそんな気にならない。周りは青峰を羨むが本人は完全に恋愛に対してやる気がなかった。

「集荷でーす……、」

上の階に移動し、先程の本屋の前に来てレジカウンターに顔を出す。
そこには見慣れた中年の店長がいた。

「ああ集荷ね、ちょっと僕は今手が離せないので誰か………えーと………あ、黒子さーん!そこにあるダンボール持って来てくれるー?」

店長が声を大きめにして奥に向かって叫ぶ。青峰は『黒子』という名前につい反応した。
奥のストックと店内の境目であるカーテンがシャッと開くと今朝見た時と同じ小柄な女性、黒子が大きめのダンボールをずりずりと引きずってきた。
よっぽど重いんだろうか。そう思った青峰は黒子の方に近付いてから、引きずっていたダンボールをヒョイと持ち上げた。
黒子は大きい目をぱちぱちとさせながら青峰を見上げる。

「あー、こりゃ重いわ。これあんたが持ったら腕がポーンって取れそうだな。チビだし」

青峰は軽いギャグのつもりで言ったのだが、黒子にギロリと思いきり睨まれる。

「…取れるわけないじゃないですか」
「いやまあ、そりゃ本当には取れないだろうけどさ」
「…はあ。ギャル男は嫌いです」
「は????」
「大体初対面の相手にチビって何なんですか、失礼な。僕がチビなら君は巨人です」
「いや巨人は言いすぎだろ」
「僕から見たら巨人です」

ふんっ!と頬を膨らませてそっぽを向く黒子を見て、青峰は我慢ならずに吹き出した。

「…何笑ってんですか………」
「い、いや……ふんっ!て本当に言う奴いるんだな………っくく………」
「……本当にムカつく人ですね君は…」
「初対面相手に巨人って言う奴もなかなかいねえと思うぞ」
「うるさいです。ギャル男は黙ってください」
「肌黒いだけで判別すんなよ」

黒子はじっと青峰の左胸についている写真付きの名札を見つめた。

「…あおみねだいき?黒峰の間違いですよね?」
「……お前な…………」

小柄だがなかなか肝の座った女である。今まで青峰に平気で悪態をついてきた女性は幼馴染みの桃井くらいだ。
あとは大体怖がられるかか弱い女子アピールされるかだった為、目の前の新しいタイプの女性に青峰は何だか楽しくなってしまった。
決していいことを言われているわけじゃないのに、だ。

「ほらさっさとこの荷物持ってってください」
「マジお前謙虚さってものが欠けてるな」
「それは君も同じです」

では、と再び奥に去っていった黒子の小さな背中を見て青峰はフッと笑って呟いた。






「おもしれー奴…………」








to be continued.












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