ぼくをわすれないでいて | ナノ

ぼくをわすれないでいて
黄黒♀/同棲パロ/相互記念 椎名里莉子様へ



月曜日の夜。
いつものように一人で夕飯を食べ、お皿を洗い終えて、ソファに座ってぼーっとテレビを眺めていた。
ダイニングテーブルにはラップがかかった一人分の夕飯が揃っている。

(黄瀬くん、今日は確か10時前には帰れるって言ってましたね…)

僕のようなそのへんにいる保育士が、人気沸騰中の黄瀬涼太と付き合っているなんて誰が思うだろうか。
客観的に見ると僕からは程遠い世界にいる人だけど、これでも彼とは中学から一緒にバスケをやってきた(僕はマネージャーだけれど)。
高校の終わり頃から付き合うようになって、高校を卒業してから黄瀬くんは芸能界の仕事に力を入れ始め、僕が短大を卒業してから一緒に暮らすようになったのだ。
彼は中学の頃からモデルをやっていたが、歳を重ねるにつれてモデル業だけでなくタレント、俳優としての仕事も増え今一番大注目の若手芸能人…らしい。

「…あ、そうだ」

今日の9時から始まる新しいドラマに、黄瀬くんが出演する。
主演ではないものの結構メインな役柄らしく、それが決まった時は彼も僕も喜んだ。喜んだ、のだが。
そのドラマの台本を貰ってきた日に、帰ってくるなりそれはもう悲しそうな表情で僕に抱きついてこう言った。


『黒子っち…俺、謝らなきゃいけないことがあるッス…』
『何ですか?』
『…このドラマ……俺凄いチャラい男の役でね、役だよ?それは別にいいんだけど、…その…、』
『何なんですかもったいぶって』
『…キスシーンが…あって……』
『…はあ、しょうがないんじゃないですか?お仕事なんですから』
『俺黒子っち以外の女の子とキスなんてしたくないッス!!』
『そんなこと言ってたら立派な俳優さんになれませんよ、それに僕と付き合う前までは色んな女の子を取っ替え引っ替えしてたじゃないですか』
『あれは俺の黒歴史でしょー!!今はもう黒子っちじゃないと勃たないッス!』
『そこまで聞いてません』
『はあ〜〜〜そりゃさ〜やるよ〜?やるけどさあ〜…はあ……黒子っちは嫌じゃないの…?』
『うーん…そりゃ決していい気持ちはしませんけど。そういうのがあってもおかしくないお仕事ですから。それにここで僕が嫌だって言ったって逆に困るでしょう』
『え、そしたらこの仕事断ってくるッスよ!』
『バカですか…とにかく、君は今が一番大事な時期なんですから頑張って下さい』
『うう…黒子っちの男前……』


その後はしばらくいつも以上にベタベタ甘えてひっついてきてそれはもう困ったものだった。
公開浮気するみたいッス、と泣きわめきながら。

そりゃあまあ…いくら淡白な僕だって恋人が他の女性とキスするなんて嫌だ。でもこればっかりは本当に仕方がない。
そういうのもガマンしなければならない職業であることは、付き合い始めた頃から思っていたのだ。
…いつ彼が僕から離れていってもおかしくないということも。

(さて、どんなドラマなんでしょうね…)

そのドラマが始まるまで、僕はどこか能天気に考えていた。



***



なかなか面白いお話だなあと思いながら時計を見ると21:50。そろそろ終盤だ。
黄瀬くんもさっきから所々出てきている。チャラい役柄なんだと言っていたが本当にチャラい。髪型も服装もそれらしくスタイリングされていて、たまに自分の恋人だということを忘れてしまう。

(…あ。ここですかね…キスシーン)

黄瀬くんと綺麗な女優さんと二人きりのシーン。雰囲気的にここだろうなと思うと少しドキドキしてきた。

「………わ…」

つい間抜けな声が出た。
例のキスシーンが、その、思ったより濃厚なのだ。
唇同士が触れるキスしか想像してなかった僕はぽかんとテレビを見つめる。
女優さんを壁に押し付けて、かなり強引な、貪るようなキスだ。もちろん舌もぐちゃぐちゃに絡み合っている。
黒子っち以外の女の子とキスなんてしたくない、と涙目で駄々こねていた人と同一人物には全く見えない。
唇が離れて、黄瀬くんが愛おしそうにその女優さんを見つめて頬を撫でた。そんなところで、次回予告に切り替わる。

「………やだ…、」

ぽろりと自分の口から出た言葉にハッとする。
いやいやいやこれは演技、演技。そう自分に言い聞かせるが、先ほどからズキズキと胸が痛む。
まるで浮気現場を見てしまった気分だった。相手の女優さんも背が高くて美人で、とてもお似合いだった。童顔で子供のような体型の自分とは正反対。
何よりいつも自分にキスをした時と同じ表情をしていたことが、嫌だった。

「…っ………」

やだやだという黄瀬くんを自分から突き放したのに、あっさりと傷ついている自分に驚いた。
いやこれは仕事なんだと思っても、あのキスシーンが頭から離れない。

早く黄瀬くんに会いたい。会って、たくさん甘やかされたい。
たくさん好きだよって言ってほしい、たくさんたくさんキスしてほしい。

(……いつからこんな自分勝手な人間になったのだろう、僕は)



***



「…あーつっかれた、」

マネージャーの車を降りて早足でマンションのエントランスに入り、エレベーターに乗りこむ。
今日も先日から始まった連ドラの撮影だったわけだが、最悪だった。
こないだキスシーンを撮った相手の女優に妙に気に入られてしまったみたいで、今度二人で食事しないかだの何だの、アプローチが凄まじいったらない。愛想笑いをしながら適当に流してきたが、あれはこの先もかなりしつこいだろう。これから撮影の度に会うと思うとうんざりする。
俺には黒子っちっていう超絶可愛い天使がいるのに…と、ため息をつきながら腕時計を見た。

(22時すぎ…よし、今日は予定通りの帰宅。この時間なら黒子っちまだ起きてるだろうし)

夜中に帰宅することも少なくないため、この時間に愛しの彼女に会えるのは久しぶりだ。そう思うと途端にさっきのことはどうでもよくなり、頬がゆるむのを抑えながら軽い足取りで家へと急いだ。

「ただいまー」

玄関で靴を脱いでリビングへ向かおうとすると、そちらの方からバタバタと音をたてて黒子っちがぎゅうっと俺に抱きついてきた。

「!?く、黒子っち……?」
「…おかえり、なさい……」

なんだなんだ、何が起きた。
黒子っちから抱きついてくるなんて、ましてや帰って来て早々に、夢のような光景だ。
しかも抱きついてくる力は強くて、胸元に頬を擦り寄せてくる。なんだこれ、可愛い、可愛すぎる……!

「ど…どうしたんスか…?めっちゃ嬉しいけど…なんのご褒美?」
「…………ドラマ、見ました」
「ドラマ?……あ、今日からだっけ。忘れてたッス……見てくれたの?」

そこでハッと気付く。彼女はもちろん、あのキスシーンも目にしたのだろう。
…え、それでこの行動ということは、まさか。

「……黄瀬くん、いやらしいキスしてましたね…」
「え、あ、あれは!最初は触れるだけのにしたんスよ!?でも、監督にもっと深くとか濃厚にとか指示されて、それで、」

ドン、と黒子っちが俺の弁解を遮るように廊下の壁に押し付けて来た。そして精一杯背伸びして、俺の首に腕を回すとぐいっと俺を屈ませる。

「…お仕事って、わかってますけど……、むしろ僕が頑張れって言ったんですけど…でも、やっぱり嫌です、」
「くろ…」
「…僕…にも、キスして……っ…」

どこか寂しそうな、泣きそうな表情でそんなことを言われた瞬間、俺は体を反転させて黒子っちの小さい体を壁に押し付けてめちゃくちゃに口付けた。

「んんっ、んぅ、んん…っ、」
「ん、は…っ、ごめんね、テツナ、嫌な思いさせて、」
「ふあっ、ぁ、りょた、く、りょうたくん…っ…、」
「っ、俺は、テツナしか見てないから、ね?」
「ん、む、んんっ、ぁ、もっと…っ…、」
「は…、テツナかわいー…、嫉妬しちゃったの…?」
「…あっ、ん、だって、…女の人も綺麗で…、んっ、お似合いだった…から…っ」
「そう?テツナの方が何百倍も可愛いッスよ…。俺、キスシーン撮る時、あの女優をテツナだと思ってキスしたんスよ。まあ似ても似つかないけど、そうでもしないと役にのめり込めなさそうだったから」
「…っあ、ほん、と……?ん、ぅ、」
「うん、…好き、大好きだよ、テツナ…っ」
「ふ、ぁ、ぼくも、りょうたく、が、すき…っ…、ぁ…っ」

崩れそうになる彼女を支えながら、何度も何度も、息を吸う間もなく口付けを繰り返した。
かわいい、すき、愛してる、本心であるそんな単語ばかり紡いで。

「…っん、ぁ…、ふ…、」
「……エッチ、する……?」

ようやく解放してやり、すっかりくたくたになったテツナの耳元で荒い息を吐きながらそう言うと、彼女はびくりと身を震わせた。

「…だ、め……、お互い明日早いでしょう…」
「んーまあ…確かにテツナの腰が痛くなるとかわいそッスからね……。じゃあ、一緒にお風呂はいろ?」
「…何もしませんか?」
「しないしない!」

多分、と心の内で付け足してにこりと柔らかく笑いかけると、テツナはじゃあ…と渋々了解をした。

(…ああ、かっわいいなあ……)

あのキスシーンを見て嫌な思いをしたテツナには申し訳ないが、あのクールな彼女がここまでヤキモチを焼いたと思うと嬉しくて嬉しくて仕方が無い。
今まで俺がファンに囲まれようが告白されようがベタベタされてようが、こうはならなかった。
…俺がテツナ以外の女に惹かれるわけないのに。



(……むしろ、死んでも手放してなんかやらない。)





テツナはずーっと、俺のものッスよ。









「こまごめぴぺっと。」の椎名里莉子様へ…!^^
相互記念で「黄瀬が好きで好きでたまらない!って感じの黄黒♀」というリクエストを頂いたのですが、どう…でしょ…う……┌(┌ ^o^)┐ ←
何故か最後の黄瀬がヤンデレみたいになってしまいました…彼はもうテツナちゃん依存症だといいです。
とりあえずモブ女優さんが不憫だなっていう(笑)
でも書いていて楽しかったです〜(*´д`*)椎名様、相互&リクエスト有難うございました!^///^





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