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もっとぎゅっと。
黄黒/モブ黒要素有/警官×保育士



保育士になって2年。周りは女性ばかりで大変なこともあるけれど、やっぱり子供は好きだし何だかんだでこの職は自分に合ってると思う。
まあ、何か最近、変な犬につきまとわれてますけど。





「あ、黒子っちとみんな!お散歩ッスか!」

来た。来た来た来た来た来た。
僕がうけもっている4歳児クラスの子たちといつものように平和にお散歩していると、後ろから自転車に乗った警官がいつものようにハイテンションで声をかけてきた。

「あ、きせりょだー」
「だー」
「…こんにちは黄瀬くん、パトロールですか」
「そッス!みんな元気ッスかー?」

うちのクラスのお散歩コースで交番の前を通るため、最初は挨拶する程度だった。
無駄に長身、無駄にイケメン、無駄に愛想がいい、最近はこんなはじけた警官がいるんですね…と挨拶するたびにぼんやり思っていたのだが、いつの間にやら挨拶どころか絡んできたりして、時には自分が休みの日に子供の遊び相手になってあげたりして、園児にも大人気の存在となってしまった。

「きせりょあそぼ〜」
「あそぼー!」
「ごめんねー、今はお仕事中なんス…また今度ゆっくり遊ぼ!ね!」
「えー!」
「やだ〜ボール遊びしようよ〜」
「こらみんな、我が儘言っちゃ駄目です。すみません黄瀬くん」
「全然大丈夫ッス!ところで黒子っちそろそろ俺と付き合っ」
「丁重にお断りさせて頂きます」

どさくさに紛れて変なことを言って来たのでお決まりの台詞を返す。
もうこれで何回目だろうか、こんなやり取りは。
僕の何を気に入ったのか、男同士であるにも関わらず懲りずにアプローチしてくる。
…まあからかってるんでしょうけど。

「なーんーでー…!俺本気ッスよ!?」
「本気も何も…何回も言ってますが、僕男です」
「そんなん知ってるって、もー性別なんて関係ないくらい好きなんだって!」
「ちょっとやめて下さい園児達の前で。はい、みんな行きますよー黄瀬くんにバイバイしてー」
「ばいばーい」
「きせりょばいばーい」
「うわあああん黒子っちってばつれない…!でもそんなとこも好き!」
「何言ってるんですか。じゃ、お仕事頑張って下さいね」
「っあ!待って、最近このへんに不審者が出てるらしいから気を付けてほしいッス!」
「不審者…?」

園児達を連れて散歩に戻ろうとしたが、黄瀬くんの一言で振り返る。
保育園付近に不審者なんて重要な情報、聞き逃す訳にはいかない。

「犯人は30代前半、身長175cmくらいの少し太った男性ッス。若い女性への痴漢行為が主だから、小さい子に直接被害が出るかは分からないけど…一応保護者にも伝えておいた方がいいッスね」
「そうですね…中には若いお母さんもいますし。有難うございます」
「…園児やお母さん達はもちろんだけど…黒子っちも気を付けてね?」
「は?僕?」
「何その僕が襲われるわけないじゃないですかみたいな顔?黒子っちはちっちゃくて小動物で女の子以上に可愛いんだから!あああ黒子っちに何かあったらどうしへぶっ」

主にちっちゃくて、という言葉にムカついたので黄瀬くんのお腹にイグナイトをくらわし、お腹を抑えながら自転車から転げ落ちたイケメン警官を尻目に僕は今度こそ園児達を連れて散歩に戻った。



***



(案外遅くなっちゃいましたね…)

時間を忘れて残業をこなしていたら、定時はすっかり越え時計の針は21時を過ぎていた。
今日の夕飯どうしよう、と考えたがこれから帰って何か作らなければならないと思うと少しうんざりした。
こういう時、やっぱり一人暮らしはやめておくべきだったかと思ってしまう。
この職を好きだとは思うものの、実際かなりの体力勝負だし拘束時間も短くはないし家で仕事をしなければならないこともある。それでも社会人として、ひとつのけじめとして、半年前に一人暮らしを始めたのだが。

(掃除洗濯は何とかなりますが…料理は一向に上手くならなくて困ります)

それでもやはり贅沢はしまいとなるべく自炊を頑張っているが、今日みたいに遅くまで頑張った日はそのへんで買った弁当などで済ませてしまう。
今日は疲れもひどいしスーパーで安いお惣菜でも買おうと決めた、その瞬間に突然後ろから肩を掴まれて思わず立ち止まった。
振り返ろうとすると、はあはあと荒い息が耳元にかかり思わずぞわりと背筋が凍る。

「…君、君さあ、すぐそこの保育園の…先生でしょ?」
「……だれ、ですか…、あなたは…」
「よく散歩してるとこ、見かけるんだ。肌が白くて細くて、かわいいなあって思って……」

あ、やばい、変。変な人だ。そう思ったが、体が動かない。

「…ぼく、男ですけど……」
「ふふふ、もちろん知ってるよ。僕ね、女の子も好きだけど…君みたいな可愛い男の子も好きなんだよねえ」
「……っ」
「ねえ、子供だけじゃなくて僕のお世話もしてよ。……黒子先生」

男は気味の悪い笑い方をしてから、明らかに反応している下半身を僕の腰にぐりぐりと押し付けて来た。

「……ーっ!!!!」

気持ち悪さに、怖さに、ドクッと心臓が大きく跳ねた。
そこからどうやって逃げたか分からない。僕はただがむしゃらに走った。走って走って走って走って、明るい通りに出ると立ち止まって息を切らしながら後ろを振り返ったが男の気配はない。とりあえずホッとしたが、手がガタガタと震えていた。
男なのにこんな怖い思いをするのは初めてだとか、家に帰っても一人だし余計に怖くて帰れないだとか、どうしてあいつは僕の名前を知ってるんだとか、昼間黄瀬くんが言ってた不審者だったんだろうなとか、色々なことがぐるぐると頭の中を駆け巡る。

(どうしよう、とりあえず、明け方までやってるファミレスにでも…家に一人は……こわい、)

まだ手が大きく震えている。情けない、ちょっと変な人に遭ったくらいで、そう思っても先ほどの男の荒い息や言動がどうしても頭に残る。


(…だれか、)


誰かたすけて。




「あっれー!黒子っちじゃないッスか!」


正面から聞こえた自分の心情とは裏腹な明るい声に、僕は目を見開いた。


「…黄瀬、く……」
「お仕事帰り?遅くまで大変ッスねー、お疲れ様」

彼も仕事帰りなのか、コートを着て人懐こい笑顔を浮かべて僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
いつもなら頭撫でるのやめてくださいと淡白に返しているところだが、今はそんな反応ができない。むしろ、酷く安心している自分がいた。
そんな僕の様子に黄瀬くんも不思議に思ったらしく、背を屈めて僕の顔を覗き込んで来た。

「…黒子っち元気ない?どっか具合悪いの?それとも疲れてる?」
「……っ…ぁ、の、」
「うん?どうしたの?」

その整った顔でにこ、と柔らかく微笑むのはずるい。
思い切り、縋りたくなってしまう。




「…っ…たすけて……黄瀬くん…、」






このひとに、甘えても いいだろうか。













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