曖昧ヒーロー | ナノ

曖昧ヒーロー
黄黒/同棲パロ


担当の編集者と仕事の話を終えた頃だっただろうか、自分の体調の異変に気付いたのは。
先日ようやく書き上げた原稿を形にするために、昼頃から出版社に足を運んでずっと担当と打ち合わせをしていた。打ち合わせを終えてからは自然と他愛のない話になり、何だか身体がだるいなあなんて頭の片隅で思いながらもなんだかんだ盛り上がってしまい、出版社を出たのは18時すぎ。
身体のだるさは勘違いではなかったようで、寒気も酷い。

(…あーあ、風邪ひいちゃいましたかね。さっさと帰って今日は早めに寝ましょう)

駅のホームに着くとこの時間帯は帰宅ラッシュだったと気付き、多分座れないなあとため息をつく。
案の定ホームに着いた電車は人で溢れかえっていて、僕は車両の端っこの方へと人の波に押されて行った。
いつもなら小説でも読んで暇を潰すのだが、具合が悪い今はそれをする余裕すらない。立っているのがやっとなくらいだ。

(…だんだんだるさが増してきました…)

とは言っても途中の駅で降りて休息を取るつもりはなかった。身体的にも早く帰りたいし、何より同居人の夕飯を作ってあげなければ。
いつもは自宅仕事だというのに、何故よりによって今日なんだろう。そう思いながら携帯を開くと、同居人である彼氏…黄瀬くんからメールがきていた。

『黒子っちお仕事お疲れ様っス!(*^◯^*)
今日は俺、案外早く仕事終わったからさっき家に着いたっス!
黒子っちは今どこっスか?今日は出版社行くって言ってたけど…
あ、今日は俺が夕飯作って待ってるっス☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』

ああ、今夜は黄瀬くんがご飯作ってくれるのか……黄瀬くんだって疲れてるでしょうに、申し訳ないです…凄く助かりますけど。
でも、今は、とにかく。

『黄瀬くんもお仕事お疲れさまです。
今僕は電車で帰ってる途中です。
黄瀬くんの料理、是非食べたいのですが…何だかさっきからちょっと具合が悪いみたいで。申し訳ないんですが帰ったら今日はすぐに寝てしまうかもしれないです。
黄瀬くんの料理はまたの機会に頂きたいと思います。』

送信。
本当に残念だ、彼の作る料理はとても美味しいのに。でも今はいつも以上に食欲がない。とにかく早く横になりたい。
……ってもう返信がきてる。ちょっと早すぎじゃないですか。

『え!?!?具合悪いって、黒子っち大丈夫ッスか!?!?!?(;_;)
今電車でどのへん?あとどの位で着く?最寄り駅まで迎えに行くッス!( ;´Д`)』

ちょっと具合が悪いって言っただけで、相変わらず大袈裟ですね。なんて言って、ここまで心配してもらえるとちょっと嬉しいですが。
…あー、そろそろ、本当にだるさがやばいです。顔は熱いのに身体は寒い。

『あと15分くらいで着くと思います。でもお迎えなんていいですからね、駅から家までそんな距離ないんですから1人で帰れます。』

『嫌ッス!!絶対迎えに行くッス!!!!!(T ^ T)黒子っち、もうすぐの辛抱だからね!頑張って!!(/ _ ; )』

彼らしい返信についふっと笑みがこぼれる。身体のだるさは相変わらずだが、彼らしい顔文字だらけのメールにちょっと癒された。
最寄り駅に着くまでもう少し頑張ろう。





「……う…寒い……」

何とか立ったまま耐え、最寄り駅に着いて電車から降りると暖房の効いた車内とは違ったひんやりとした風が吹く。
ホームの階段を降りながら、階段を降りるのってこんなに辛かっただろうかとぼんやり思う。
こりゃあ結構熱が高いかもしれない、と改札口の方に目をやると、改札の先に嫌でも目立ってしまう高身長の人間が立っていた。そして僕と目が合うと今にも泣きそうな顔になった。え、何でそこで泣くんですか。
僕は苦笑しそうになりながら改札をくぐり抜ける、と。

「黄瀬くん、お疲れのところわざわざすみま」
「黒子っちいいいいいい……っ!!」

がばり、と僕より何倍も大きい体が容赦なく抱きついてきたせいでつい後ろに倒れそうになった。こういう公共の場で堂々と抱きつくのやめて下さいって何回言えばわかるんですか。僕が恥ずかしいだけじゃなくて、仮にも君は売れっ子モデルでしょう。最近はテレビに出る回数も増えたというのに。しかも今はかなりの軽装だし。
いつもだったらイグナイトをお見舞いしてるところですが今日はそんな気力がないし、それに。

(………あったかい…、)

さっきまで震えるくらい寒かった身体が一気に暖まった。
胸元に顔をうずめていると黄瀬くんの匂いがして、心細かった気持ちが無くなりホッと安堵の息をつく。

「もーめっちゃ心配したッス!黒子っちからメールがあってからいてもたってもいられなくて…はっ!黒子っち、熱ある…!?顔色も良くないし!うわあああ…どっか痛いとこないッスか!?」
「いえ、ちょっと身体がだるいのと寒気があるくらいで…寝てれば治ります」
「さっき近くの薬局で薬とか冷えピタとかカイロとか色々買ってきたッス!帰って寝よう!ほら俺のマフラーして!あ、鞄持つッス!」
「いえあの鞄くらい自分で持ちま…」

黄瀬くんのマフラーをぐるぐると巻かれて鞄を強引に奪われ肩を引き寄せられた。黄瀬くんのファンの女の子たちだったら卒倒してしまいそうな行動だなんて思いながらマンションへと歩き始める。

「…こんなくっついてると歩きにくいです」
「でもあったかいでしょ?黒子っち細っこいからどんなに着込んでても寒そうに見えちゃうんスよねー」

…確かにあたたかい。ちょっと恥ずかしいけれど。
そんなことを思っている間にあっという間に僕たちの住むマンションに着き、玄関のドアが開いた瞬間ふと目眩がして倒れそうになった。が、そこはしっかり黄瀬くんが僕の腰に腕を回してくれてギリギリセーフ。

「あっぶね…!大丈夫ッスか!?」
「すみません…ちょっとフラッとして。帰ってきたら安心しちゃったんですかね…」

そんなことを言いながらのろのろ靴を脱いで立ち上がろうとした瞬間、自分の身体が宙に浮く。黄瀬くんが僕を横抱きに…所謂お姫様抱っこでどかどかと寝室に向かっていったのだ。

「え、ちょ、」
「もー俺こんな弱ってる黒子っち見てられないッス…!」
「…ほんと、君は僕に甘すぎです。自分で歩けますよ」
「具合悪い時くらい甘えてほしいッス!」

寝室のベッドに優しく降ろされると、黄瀬くんはすぐさま暖房をつけた。
…ほんと、よくできた彼氏です。絶対本人には言いませんけど。

「黒子っち、お腹は?」
「…食欲ないです」
「お粥も無理そう?」
「んん…今は横になりたいです…」
「そっか、じゃああったかくして寝てようね!」

パジャマに着替えてもそもそとベッドに入ると黄瀬くんが上から更に毛布をかけてきた。

「重……」
「こんくらいかけてないと駄目ッスよ!ほらちゃんと肩までかけて」
「……きせ、くん」
「何?」
「…すみません、君だって仕事で疲れてるのに。しかも久々に早く帰ってきたのに…その…、」
「何言ってるんスか!自分の疲労なんかより黒子っちの体調の方が大事ッス!そもそも黒子っちはいつも頑張りすぎなんスよ、最近なんてずーっと徹夜で仕事してたでしょ?平均睡眠時間3時間とかでしょ?」
「はあ、〆切が近かったので…」
「それなのに毎朝俺が起きる時間に合わせて起きてくれて、朝食作ってくれてお見送りしてくれて……っ…うう…」
「ちょっと何泣いてるんですか…」
「だって黒子っち優しすぎッス……俺大体朝早いし、黒子っちは全然寝ててもいい時間帯なのに…」
「お見送りって大事じゃないですか。ちゃんと毎日黄瀬くんに行ってらっしゃいって言ってあげたいんです」
「……黒子っちいいいいいいい!!」
「うわ…ちょ、」

再びがばりと覆いかぶさるように僕を抱きしめたかと思うと顔の至る所にちゅっちゅとキスを落として来る。ああ、シッポがあったら絶対今ぶんぶん振ってますね…。

「っんむ、…ぅ、んんーっ…」

よそ見していると、食いつくように唇にまでキスをしてきた。しかも長いし当たり前のように舌入れてくるし、こっちはただでさえ熱っぽくてつらいというのに、この犬ときたら。

「っぷは、ぁ、…あ、」
「黒子っち好き。大好き。もう好きすぎておかしくなりそうッス」
「…キスなんてしたら、風邪うつっちゃういます、」
「いいよ、黒子っちからなら喜んで」
「喜んでじゃないですよ、お仕事に差し支えるでしょ…」
「あ、黒子っち寝たいんスよね、ごめんね?俺リビングにいるから、何かあったらいつでも呼んで」
「…ありがとうございます」
「うん、おやすみ」

最後にまた僕の額にキスをして、僕の頭を優しく撫でて、にっこりと人懐こい笑みを浮かべてから、黄瀬くんは寝室を出て行った。
……いつも自分のことより僕のことばっかで…ほんとばかだなあ。

(ああでも、すぐそばの部屋に黄瀬くんがいると思うと…安心します)

そんな小さな幸せを噛み締めながら、僕はうとうとと意識を飛ばした。









時刻は23時。風呂から出て自分も寝ようと寝室に来てみると、黒子っちはすやすやと気持ち良さそうに眠りに入っていた。
俺はいつも通り同じベッドに入って、黒子っちの顔をそっと覗き込む。

(…かーわいいなあ……)

普段より幼さを感じる寝顔につい口元がゆるむ。口が半開きなところが俺的に超ツボッス。
こんなぐっすり眠って、よっぽど疲れてたんだろうな。〆切前はいつもやつれてるからなあ。
丸くなって眠る黒子っちを自分の腕の中に抱き込むと、黒子っちが無意識に俺の胸元に頬を擦り寄せてきた。くっそかわ………。

…起きたら少しは元気になってるといいな。
明日の仕事は昼からだし、多少はゆっくりできる。


「…たまにはたくさん甘えてね、黒子っち」






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