★サヨナラwarriors [ 1/1 ]



 風は、もうすっかり秋の香りがした。

「……」

 聖域に来て何度めの秋だろう。
 ここで過ごした歳月は、決して短くはなかったはずなのに、確かなのは「今日が最後の日」という事だけだ。

 砂金を撒いたような地中海性気候独特の風の色。

 この風の中で、わたしは黄金の獅子に出逢い、

 …そして、永遠の別れを告げた。

 目の前の、まだ新しい石碑に手を伸ばし、彫られた文字を指でなぞる。


『AIOLIA GOLD LEO』


 日本から来たばかりの頃は、全く読めなかった異国の文字を、教えてくれたのは誰だったろう。


「魔鈴」


 ……足音に一瞬だけ淡く切ない期待をしたが、名を呼ぶ声に振り返れば、目元に炎のような模様が施された仮面の女戦士がいた。

「−−シャイナ」
「邪魔しちまったかい」


 お前の弟が心配していたからさ、と言いながら蛇遣い座の聖闘士はわたしの隣に立った。

「……ありがとう」
「柄にもない事、言わないでくれよ」

 わたしの顔を見ないように言葉を続ける。


「−−よかったじゃないか。大切な弟が見つかって」


 こんなふうに彼女と会話できるのも、今日が最後だ。
 わたしは女神から授かった聖なる衣を残し、母国へと帰る。
 やっと巡り会えた弟と共に。

 −−聖域に残る彼女とは、違う次元の存在となる。


「……全部あんたに任せてしまって−−」


 すまない、と言おうとしたのを、さえぎるように女聖闘士は言った。

「あたしは自分の意志でココに残るって決めたんだ。後は任せな」

 お前は自分と弟の幸せだけ考えてりゃいいのさ……と、地上の愛と正義のために戦う《聖闘士》が言い、そこで初めてわたしの顔を見た。


「……お前の弟、本当にお前にそっくりじゃないか。切れ長の目とか、表情とか」


 仮面の下で、わたしを見つめながら優しく笑っている気がした。
 わたしは今、どんな表情をしているのだろう。

 二人で今は亡き戦士の墓碑の前に立ち、彼女も多分同じ事を考えている。

 もう戻らない命と時間の尊さ。

 かけがえのない月日は、たとえ神話に記されなくとも、遺された者達の胸に永遠に在り続ける。


「−−風が冷えてきたね」


 わたしの表情から再び目をそらすように女聖闘士は言った。

「あたしは寒いのはイヤだね……あんたの弟も待っているし、部屋で一服しているよ。魔鈴、お前はココの見納めでもしていきな」

 じゃあ……と、女聖闘士は振り返らず立ち去った。


「……」


 白銀の仮面を捨てたわたし。
 『鷲星座・魔鈴』という白銀聖闘士は、もうこの時代にいない。

『MARINE』

 肌身離さず身につけていた鈴のペンダントと、海の向こうからやってきた異国の少女を見て、聖闘士としての呼び名をつけてくれたのは誰だったろう?

 わたしの足は黄金の獅子と最後に逢った場所へ向かう。

 主を失った12の宮の、五番目。
 そこに次の主を待つ鷲星座の聖衣を納めてある。

 −−あの日の想い出と共に。


「アイオリア……」


 思わず懐かしい名を呼んでしまい、ずっとこらえていた涙がこぼれた。

 間もなく夕陽が沈む。
 別れの日と同じように。

 陰りゆく宮に、鷲星座の聖なる衣は黄金の光を放つ。


「−−アイオリア!!」


 これが『魔鈴』としての、最後の涙になるだろう。

 黄金の獅子が、銀の鷲にくれた愛の記憶は、ここに置いてゆく。


 わたしは、ただ大切な弟を守りたかっただけの最初のわたしに戻る。


 黄金の獅子と銀の鷲が愛を交わした想い出は、全て……永遠に変わらぬ形のまま、ここへと置いてゆく−−。



《終》




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