自らの服の中に滑り込む静雄の手を無理矢理引き抜いて、出ない力を引き出し思い切り叩いた。痛みはほぼ無い筈だが、静雄は驚きからつい臨也から手を離してしまった。臨也は少し涙目になりながら、静雄を睨むとベッドから這い出て部屋からも出ていこうとする。静雄は引き止めようとしたが、次に発せられた臨也の言葉に動く事が出来なかった。

「君っていつもそんな事しか考えてないんだね。もっと恋人らしい事とか出来ないの?俺、もう知らない」

冷たく吐き捨て、そのまま扉が閉まる。静雄は閉まった扉をぼんやりと見つめるだけで、何も出来なかった。そもそも何故こうなったか、まだ理解が追い付いていないのだ。いつものように臨也の家に行って、いつものように臨也を押し倒して後はそのまま流れに任せて――静雄にとってはそうだった。けれど臨也は涙を滲ませながら、突然この部屋から出ていったのだ。ただいつもと同じ事をしただけなのにと、原因が分からない静雄は誰もいない部屋で未だに頭を抱えた。

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馬鹿馬鹿馬鹿シズちゃんの馬鹿!臨也は心中で同じ悪態を繰り返しながら街中を歩く。あれからいつの間にか池袋まで来てしまっていた。自分では冷静なつもりだったが、実際は怒りのせいかほぼ無意識に静雄から距離を取ろうとしていたようだ。ふと周りを歩く人の群れを見れば、カップル、カップル、カップル。それもそのはず、今日はクリスマスなのだから。臨也は先程の事を思い出し、それを振り払うように足早に歩いた。しかし静雄に対する怒りは収まらず、ぼそぼそと愚痴を吐き出した。

「折角のクリスマスなのにする事しか考えてないとか、ほんと最低!」

最後の方は思わず語彙が強くなってしまう。人目があるのも気にせず、臨也は一人きりで愚痴を続けた。そんな臨也の声を聞き付けたのか、一人の男が声をかける。臨也は振り向くと同時に、男―門田に抱き付いた。門田は困った顔をしたが引き剥がす事はせず、どうしたんだ?と臨也の頭を優しく撫でた。臨也は半ば涙声になりながら、静雄との出来事について語りだした。気が付けば門田の後ろには遊馬崎、狩沢の二人もいて狩沢に至っては興味深そうに耳を傾けていた。

「それは…話を聞く限りでは静雄が悪いな」
「いやいやドタチン、決め付けるのはよくないよ。ねえゆまっち」
「こっちに振らないで下さいっす狩沢さん…」

爛々と楽しそうに口を挟む狩沢にも気にせず、臨也は門田に誘いを申し出た。今日予定が空いてるなら一緒にいてくれないか、と言うものだ。それには門田が返答する前に遊馬崎が申し訳無さそうに謝った。それを聞くと臨也は大方いつものメンバーと過ごすのだろうと察し、それ以上頼み込む事はしなかった。臨也は門田達と別れ、再びカップルが溢れる人混みの中に姿を紛れ込ませた。カップル達の幸せそうな笑顔とは対極的に、ずんと重たく沈んだ臨也の心は静雄でいっぱいだった。怒りはあったが、やっぱり静雄と過ごしたかった。臨也は耐えきれなくなって大通りを走り抜け、人気のない路地裏に入り込んだ。普段静雄とよく喧嘩するあの路地裏だ。臨也は壁に背を預けると、ずるずると硬い床に座り込んだ。そのまま膝を抱え込んで、ばか、と今日何度目かわからない悪態を呟いた。

「ただ、今日くらいは恋人らしく、したかっただけなのに」
「なんで気付かないの、馬鹿じゃないの」
「ねえ、シズちゃん…」

弱々しい声で時に泣きながら、臨也は一人寒さに耐えた。不安にも駆られながら、ひたすら弱音を吐き出す。だから横から伸びる手の存在には気が付かなかった。その手は踞る臨也の頭を柔らかく撫でて、引き寄せて、こっちを見ろと言わんばかりに誘導した。臨也が見上げればそこには静雄の顔があって、何を言う暇もなく口付けられ、臨也はぴくりと肩を震わせた。唇を離すと静雄は軽々と臨也の体を持ち上げ、「帰るぞ」とだけ言い後はそのまま走り出した。一体何処に向かうのかと臨也が思っていたら、辿り着いたのは静雄の家だった。静雄は部屋に入って臨也を下ろすと、自分も腰を下ろした。そこでやっとまともに口を開く。

「悪かった」
「……何が悪かったか、ちゃんと分かって言ってるの」
「分かってるよ。知らなかったんだよ、今日がクリスマスってこと。外に出て初めて気付いた」
「忘れてたってこと?余計に質悪いね」

不機嫌さを隠しもしない臨也に、静雄は無言で立ち上がると何かを持ってきた。それを恭しく、慣れない素振りで臨也の手を取って小さな箱を渡す。疑りながら臨也が箱を開けると、小さな箱に小さな指輪が収まっていた。臨也がいつも身に付けているタイプの指輪で、それでも臨也にとってはそれの何倍も嬉しかった。静雄は指輪を箱から引き抜き、臨也の細い指先に嵌め、そのまま指先に口付けを落とす。その一連の動作は数秒にも満たず臨也は黙って見つめている事しか出来なかったが、暫くするとすぐに静雄の手を振り払った。

「臨也、手前」
「…………」
「顔、真っ赤だぞ」
「うるさい」

口付けられた指先を片手で握り締めながら、赤くなった顔を隠すように静雄から視線を逸らす。静雄はそんな臨也の頬をするりと撫でてから、唇に甘く噛み付いた。息苦しさに臨也が静雄の背を軽く叩く。静雄はゆっくり唇を離すと、なあ、と俯いてしまった臨也に向かって短く投げ掛ける。

「な、に」
「好きだ」
「………ばか」

俺もだよ、そう言ってしがみつくように静雄に抱き付く。そして再び重なろうと近付いた静雄の唇を、臨也があっと声を上げて引き剥がす。何だと静雄が臨也を見れば、ケーキ!と思い出したように言った。首を傾げる静雄に慌ただしく説明する。

「ケーキ買ってたんだよ、俺の家にあるの」
「別にいいじゃねえかんなもん」
「よくない!結局クリスマスらしい事何もしてないじゃないか。シズちゃんだってケーキ食べたいでしょ?」
「俺はケーキより手前が食いたい」
「〜ッ!!」

さらりと飛び出した静雄の言葉に臨也の顔が耳まで一気に赤く染まる。その反応に満足そうに笑いながら、静雄が目の前の体を後ろに倒せば簡単に臨也の視界はぐるりと変わった。そして性急に白い首筋に顔を寄せ、べろりと舐める。そんなはずはないはずなのに、静雄にはそれが甘く感じた。

「生クリームでもあれば良かったな」
「は、あ…?」
「そしたらもっと甘くなる」

今でも充分甘いけど、それは口に出さずにまた臨也の肢体に噛み付く。まるで本当に食べられてしまいそうな錯覚に、臨也は息を飲んだ。(結局またこうなるのか)そう思いながらも今度は不思議と怒りが沸かず行為に浸った。唇が近付く、触れるその前に臨也は満たされた笑顔で笑いながら、「メリークリスマス」。静雄にその言葉が届いたかは、定かではない。

すれ違い聖夜
(最後は幸せ!)


111225



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