星と、星座と、光とその他宇宙神秘。目の前の男はそんな何処で使うのかも分からないような知識をぺらぺらと饒舌に語る。一体何が楽しいのかは全く理解出来ないが、とりあえずは無視しておく事にした。この男は構っても構わなくてもどちらにしろ面倒臭い。そしてそのどちらかを選ぶとするならば、私は迷わず構わない事を選ぶだろう。しかし、それは本当に意味の存在しない選択肢。何にしろこの男の気分次第でしかないのだ。そしてどうやら今日は大変面倒臭い日のようだ。最悪。出来る事なら永遠に口を開かないで欲しいものなのに、男は私の顔を覗き込みにやにやと厭らしく笑いながら近付いてきた。ああ、なんて腹立たしい。

「そんな怖い顔しないでよ、折角の綺麗な顔が台無しだよ?」
「下手なお世辞は要らないわよ」
「本心だよ?綺麗だ、波江」

気持ちの悪い笑顔で気色の悪い事を吐く男。名前は折原臨也、尺に触るが仕事上では自分の上司に当たる。本来ならばこんな男と二人でいるくらいなら今すぐにでも弟の元へ行きたいのだがそういう訳にもいかない。私の仕事は情報屋である上司の仕事の書類整理と雑用と、上司の相手。今もこうして一人知識をひけらかす臨也の話を話半分に聞いたり、時には戯れに過ぎないやり取りをするのもあくまで仕事なのだ。そんな風にまた臨也の話を受け流しているとさら、さらり、何かが髪を触る感覚。それが臨也の手だと気付いた時には、臨也の顔は目前にあった。苛つく程に整った顔と、男の癖に長い睫毛や色素の薄い小さな唇。その唇がゆっくりと、私の名前を紡ぐ。高くもなく低くもない声が、私の鼓膜を震わせる。段々と距離が近くなり、互いに交わる生暖かい吐息に吐き気が込み上げてきた。

「離れなさい」
「つれないなぁ、良い雰囲気じゃなかった?今の」
「気持ちの悪い事を言わないで頂戴」
「ねえ、キスしようよ」

話を聞いていないのか、この男は。私の返答を待つ事なく、臨也と自らの唇が合わさる。はあ、あ、時節漏らす自分の声が不快だ。これも仕事だと思い込んでしまえば楽なのだろうが、それは逆に仕事なら何でもするという事になる。冗談じゃない、そんな軽い人間でありたくはない。私が愛を許すのは、弟である誠二だけなのだから。だから私は、臨也の頬を叩いた。鋭い音が響いて、室内に反響する。このような事をした所で、どうせこの男が凝りはしない事を知っていた。また厭らしく私を嘲笑するのだろうと。しかし、何時ものような笑い声はいつになっても聞こえてこなかった。ふと顔を臨也の方に向けると、間抜けだが私は目を見開いた。驚く事に、泣いているのだ。常に人を馬鹿にした存在の情報屋が、女一人の平手打ちに涙を流すなど。何て滑稽な話だろうか。もしかしたら演技なのかもしれないと、様子を見ていたが臨也はいつまでも涙を流すばかりだった。私は面倒臭さを感じながらも一応声をかける。

「泣くほど痛かったの?でも自業自得よ」

返答はない。けして心配などはしてやらないが、よく見たら叩いた左頬が赤く腫れている。通常より痛みがあったのは事実だろうが、それにしても泣くなんて想定外だ。普段の臨也ならば何人の人間の怒りを買ったか分からないあの嘲笑をする筈の場面なのだから。私はもう放っておこうと思い身を翻す。が、目の前の男の腕が私の手首を捕えて思わず動きを止める。なに、そう問い掛けるよりも先に臨也が体重を預けてきた。人一人分の重さを感じながらも、私は引き剥がす事が出来ずにいた。耳元にかかる吐息が酷く熱を持っていたからだ。急いで肩を押し返してその額に触れた。やたらと熱い。

「…貴方、風邪を引いてたのならそう言いなさいよ」

べらべらと余計な事を語ってる場合じゃないでしょう。そう言えば臨也はにへらと、毒気のない笑顔でごめんねと舌足らずに言った。頬を叩かれた時の涙は恐らく熱のせいだろう。臨也は私の肩にだらり、右腕を預けながら先程までの苛つく態度は消し去って告げた。ただ純粋に、ただ無邪気に。今日はね、前置きもこの男にしては短い。

「君と星が見たかったんだ」

何の建前も理屈もない。私の意思だけを無視して、それだけの為に何処で使うのか分からない知識を語り、恋人のような戯れをした。後者はあまり必要性が無かったように思うが、この男の考えている事など解らないし言われても理解する前に私は無視を決め込むだろう。臨也の体をソファーに寝かせると、未だ何か喋ろうとした口を指先で静止させた。

「星ならいつだって見れるでしょう。今は黙って寝てなさい」

それだけを言って、今日は帰ろうと玄関へと足を運んだ。外に出てふと空を見上げると、いつもよりも星の数が多かったような気がする。あくまでそんな気がするだけだ。すると携帯が震えたのですぐに耳に押し当てると、眠ったかと思われた上司の声。

『今日は星が綺麗に見える日らしいよ。だから君に気付かれずにさりげなくそういう雰囲気を作りたかったんだけど、熱が思ったより酷くてね。星は見れないけど、波江さんが看病してくれたら俺は元気になるかも知れないから早く戻ってきて』

電話越しの声は饒舌で、普段の臨也と何も変わらなかった。私は少しでもあの男に情なとを感じてしまった自分に舌打ちをして、まだ声が聞こえる電話を切る。それから仕方なく、今来た道を引き返した。






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