※執雄(執事静雄)×桜也(桜着物臨也)
性格など色々捏造です



寂しくなかったといえば嘘になる。今までずっと側にいた筈の存在が違う存在に連れていかれ、自分はそのままお役御免。でも主、日々也様が幸せならそれで構わないと思っていた。本音を言うと日々也様を奪い去っていったあの男の事はあまり好いていない。だが主が決めた相手なら何を言う気も無かった。だから今日まで、自分は誰に従うこともなく過ごした。だがつい先日、自分は運命の出会いというものを経験した。誰がそう言った訳でもない、ただ、何故だかそう思えた。折原さんが突然連れてきた、折原さんによく似た顔立ちのその人はふわり、花のように微笑んだ。

「はじめまして、桜也と申します」

そう発せられた声もまるで柔らかな春の日差しのように暖かく、すべてを包み込んでくれる気がした。桜也、そう名乗ったその人はひたり、自分の頬に冷たい手の平を押し当てにっこりと笑った。あなたの名前は?そう柔らかい声色で尋ねられたのですぐに執雄です、と一礼をしながら答えた。

「執雄さま…、良いお名前ですね」

言いながら私から手を離し、また綺麗に微笑む。ひとつひとつの動作が美しいその人に、私は心から惹かれてしまった。そう感じたがすぐに、桜也様の白い手を取ってこう告げる。「私をあなたの執事にしてください」、そう言うと桜也様は驚いたように目を丸くして、隣の折原さんは面白そうにくすりと笑った。桜也様が折原さんに助けを求めて視線を向けると、折原さんは他人事のように「君の好きにすればいいんじゃない?」とだけ言ってこの部屋から出ていった。残された桜也様は困ったようにしていたが、暫くして私の手を握り返しおずおずと不安そうに言った。

「あ、あの、執雄さまが私などでよろしいのなら…」

なんて謙虚な方なのだろう。益々惹かれてしまいそうになった私は自分を抑えて、桜也様に勿論ですよと微笑みかける。桜也様は頬を桜色に染めながら、「よろしくお願い致します」と笑った。こうして私は、桜也様の専属執事となる事が出来たのだった。


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「桜也様!桜也様!」
「どうしたの、騒々しいね」
「六臂様…桜也様を見掛けませんでしたか」

急にいなくなってしまって、そう尋ねると六臂様は表情を変えぬまま黙り込んだ。何かを思い出したのか、だらりとした袖口で口元を押さえながらそういえば、と呟く。

「さっき、外に出ていくのを見たよ。何処に行ったのかは知らないけど」
「ありがとうございます、では…」
「あ、そうだ」
「はい?」
「外に出るなら、ついでに月島探しといてくれない?…じゃ、よろしく」

六臂様は大して危機感もなく言った後、眠たそうに欠伸をしながら奥に消えていった。私は月島様の事もきっちり頭に入れながら、桜也様を探す為外に出た。


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桜也様が私の主になって、結構な時間が経った。その中で、桜也様の事は色々理解したつもりでいた。裏表のない人だと言うこと、病弱で風邪をひきやすいということ、少し人が良すぎるということ、笑顔が綺麗な、こと。桜也様は私の事を執事として扱う事はしなかった。ただ、ただ―――



気が付けば、少し遠い公園の方まで来ていた。春になると、桜が美しく咲く事で有名な場所だ。桜也様は、一際大きな桜の木の下にいた。そこで何をする訳でもなく、静かに瞳を閉じていた。普段の柔らかい表情はなく、真剣な横顔だった。まるでその木と、交信でもしているかのようだ。桜也様の唇が微かに動き、何かを呟く。そして、瞳をゆっくりと開いた。すると私に気が付いたのか、こちらを見ると驚いたように目を丸くした。私は桜也様に歩み寄って、そっとその手に触れた。暖かかった。

「執雄さま…」
「どうして、勝手に出ていったりしたんです」
「…それは…」
「大した距離では無いからと、貴方はお思いでしょう」
「……」
「それでも、私は不安で堪らないんです。桜也様はただでさえ体が弱いのですし…。我ながら自分勝手な事を言っているとは思います、ですが…」
「執雄さま」

桜也様が、私の手を握り返した。強くはない力で、かといって弱々しい訳でもなく。桜也様を見れば、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。それから少しだけ表情を曇らせて、ごめんなさいと謝る。

「執雄さまにご心配をおかけしたみたいで…本当に、申し訳ありません」
「桜也、様」
「次からはこのような事は、しないように致します」

笑顔で、私の手を振りほどく事なく言う。私はそれを聞いて、何故だか心が締め付けられているような錯覚に陥った。桜也様を縛り付ける事など、本当はしたくないのに。自分の我が儘で、振り回したりなどしたくはないのに。もやもやとした思いの私に、桜也様が再び名前を呼ぶ。

「そんな顔をなさらないで下さい…私は別に、縛り付けられているなんて思っていません」
「…さく、」
「私が執雄さまの立場でしたら、きっと同じことを考えたと思います」
「………」
「だって私は、執雄さまのことが好きですから」

好きですから、その言葉が頭の奥で反響する。何も言えずにいる私に、桜也様は静かに語りだした。出会ったあの時から、好きになっていたといたと、そんなことを。次の瞬間、私は桜也様の背中に腕を回し、細身を抱き締めていた。桜也様は抵抗する事なく、身を預けてくれた。

「私、ずっと途方にくれていたんです。そんな時、臨也さまが私に手を差し伸べてくれて、執雄さまを紹介してくださいました」
「………」
「執雄さまが執事になると言って下さった時、戸惑いましたが、すごく嬉しかったんですよ」

腕の中で、愛しそうに語る桜也さまの表情は穏やかで、綺麗だった。私が桜也さまの髪を優しく撫でながら、帰りましょう、と言えば少し惜しむように腕から離れた後「はい!」と笑顔で頷いた。


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「おかえりー」


無事帰宅すると、六臂様が雑誌をぺらぺら捲りながら気だるそうに言った。私は六臂様に深々と頭を下げてお礼を告げると、六臂様はそういうのいいからと頭を上げるように促した。

「大体俺は何もしてないし…で、どうなったの?」
「どう…とは?」
「ただ普通に見つけて帰ってきましたーって感じじゃなさそうだし」
「私が、執雄さまに告白したんです」

私が返答する前に、桜也様がにこにことしながらあっさりと暴露する。六臂様は驚いた様子もなく「そうなんだ、おめでとう」と淡々と言った後、ぱたんと雑誌を閉じる。

「じゃあ、これからは主と執事じゃなくて、恋人同士なんだね」
「恋…人…」

六臂様の言葉に桜也様がほんのり頬を染める。照れ臭そうに両手を頬に当てる桜也様は凄く可愛らしいのですが…、六臂様はさらりと恥ずかしい事を言うのは正直やめて頂きたい。桜也様は困ったようにこちらを見つめると、「こ、恋人同士ってどうすればよいのでしょうか」と問う。私が何かを言う前に、六臂様によってまた遮られてしまった。

「とりあえず、呼び方を変えたら?二人して"様"付けって…何かよそよそしいし」
「よ、呼び方、ですか…」

桜也様が真剣な様子で呼び方について考え始めたので、私は微笑ましい様子に微笑しながらそれを見つめる。暫くして桜也様がこちらをじっと見つめてきたので、私も瞳を逸らさないようにしていると、桜也様はしどろもどろになりながら言った。

「し、ししっ、執雄……さん………」
「…………」

六臂様は何か言いたげな視線を桜也様に向けるが、それに桜也様が気付くはずもなく、やがてひとつ溜息を吐いた。だけど私としては可愛らしい桜也様が見れたので、充分だった。


初恋を夢見る桜

(そういえば、月島は?)
(あ……)
(…どんだけ嬉しかったのさ)





120226

執桜に萌えて衝動的に書きました。設定はほぼ捏造です。