人が倒れていた。細い路地裏の奥の方、ゴミなどが密集している地帯。現在は夜、暗闇で顔はよく見えないが背格好から倒れているのは男だと判断した。普断なら男が生き倒れていようと関係無く踏みつぶしことごとくスルーするのだが、今日は割と気が良いので道の端に退かすくらいはしてやろう、そう思い俺は男に近付いた。
がしり、と女の子を扱う時とは違う乱暴な手付きで路地裏に倒れ込む男の髪を掴んで引き上げる。すると男は小さな呻き声を漏らしてから薄く目を開けた。奥の方は月の光が差している事もあり、俺はそこでやっと男の顔を目にした。

「…っ、く…」
「……………」

何と言えば良いんだろう。全体的に整っている綺麗な顔とか、女性のような艶やかな黒髪だとか、引き込まれるような赤い瞳だとか。きっとこういうのを眉目秀麗と、言うのだろうか。それほど男の顔は綺麗で、何だか、変な感情に惑わされそうな程。驚愕から停止したまま男の顔を見ていると、ぱちり、と男が完全に目を開く。しかしまだ頭は覚醒していない様子で、ぱちぱちと瞬きを繰り返したりしていた。だが俺の存在は認識出来るらしく、男は目を細めて俺を見据えた。

「…う、…誰…?」

こくり、と首を軽く傾げて尋ねてくる声に俺はようやく正気に戻った。とりあえず、今度は髪ではなく男の、意外と白い柔らかな手を取ってその体を引き上げた。引き上げた際に男が俺に倒れ込み、抱き抱える形になってしまったが、何故か引き離す気は起きなくて。俺に体重を預ける男の体は細身で軽く、俺に負担はあまり掛からなかった。その体勢のまま男の薄い背を撫でると、密着した男の顔に向かって話しかけた。

「お、おい…大丈夫か…?」
「ん…、平気」
「じゃあ、引っ張ってやるからちゃんと立てよ。このままじゃお前もきついだろ?」
「…………」

俺の言葉を聞くと無言で身を離し立ち上がろうとする男。だがその足はふらふらと右往左往し何だかまた倒れそうで、俺は男の背に腕を回して支えるように立たせてやった。立ち上がったその足に身に付けられた衣服は少し破れていて、破れた所から思い切り殴られた跡のような痣が刻まれていた。俺はその足を見て、これが倒れていた原因なんだなと思った。多分誰かに襲われたか、そんな所だろうと。どうやら完全に意識が戻ったらしい男は背に回された俺の手を離すように促し、それから小さく礼を言った後、また小さく口を開いた。

「…ね、君さ、六条千影でしょ」
「………は?」

何で俺の名前、そう問い掛ける前に男は薄く微笑んで「俺、情報屋だから」それだけを告げた。情報屋、裏社会やネットでも稀に見掛ける職業。男の情報なんてわざわざ集めやしないけど、嫌でも耳に入ってくる物もある。ああそういえば情報屋、その中でも優れた情報屋の名前を確か耳にした事がある。新宿を根城にしている、うら若き情報屋だと。もしかしてこの男は。

「俺は折原臨也。助けてくれてありがと、千影君」

柔和な笑みで俺に笑い掛けるこの男は、常に悪い噂が耐えない新宿の情報屋。それなのに俺は、どうしてこの男から離れようとはしないのだろう。どうしてこの男、折原臨也が、美しいと思えてしまうのだろう。「ねぇ、千影君」男、臨也は何やら話しているようだが俺には全く理解が出来ない話だった。なので気にせず俺はその、細く滑らかな指を取ってまるで女の子を扱うように、優しく指先に口付けた。相手はそれを見るとぱちり、その赤い瞳を丸くした。良く見ると白い頬はうっすらと赤みが差しているのが分かった。ああその表情、ちょっと良いかも、なんて。

「…な……」
「臨也、つったっけ」

俺、あんたが好きだ。そう告げた後の臨也の表情は先程よりも赤く赤く、綺麗な赤で染められた。



ああ、女神様
(これが一目惚れってやつですか!


101024