※静雄も臨也も女の子




さらりと伸びた長い髪が風の流れに沿って美しく舞う。くすくすと小さく息を漏らして笑う臨美は屋上の柵に乗ってゆらゆらと体を揺らす。危ない、とは思ったけど止めはしない。何故なら私は臨美のことが嫌いであるから、いっそそこから真っ逆様に落ちてくれれば文句はない。でも臨美はすぐ柵から降りて、口元に孤を描いたまま私に歩み寄る。ああそれだ、にこにこと誰にでも軽々しく笑顔を降りまく、それは臨美の嫌いな要素のひとつだった。

「ねぇシズちゃん、この間の彼とはどうなった?あのひと、私が紹介した中では一番だと思うんだけど。評判もいいしね」
「五月蠅い、どうもしない」
「あ、うまくいかなかったんだね。折角彼氏のいないシズちゃんに協力してあげたのにちっともうまくいかないねぇ。また、殴ったりしたの?だめだよ女の子がそんなことしちゃ」

なんて白々しいんだろう。どうせ陰から見て笑っていたくせに、結果だって分かりきっていることを一番知っているだろう。大体私は手伝ってくれとも、協力も紹介もしてほしいなんて言ってない。私に彼氏がいようといなかろうと関係ないはずだ。なのに、何で余計なことをするんだろう。考えれば考えるほどイライラして、先程まで飲んでいたいちごミルクの容器を乱暴に握りつぶして硬い床に座り込む。おそらく怒りで不機嫌な顔をしているであろう私を余所に、臨美はおもむろにピンク色の櫛と同じ色をした鏡を取り出して、私の髪を少しだけ手に取り慣れた手付きで梳かし始めた。

「髪ぼっさぼさだよシズちゃん、せめて梳かすくらいはしないと」
「…余計なお世話」
「そうかもしれないけど、私シズちゃんの髪好きだからさ」

だから綺麗にしててほしいの、なんて笑う臨美を見上げてその髪を見る。私とは違いきちんと手入れが施されたその黒髪は艶やかに輝き風が吹けばさらさらふわふわと流れる、そんな当たり前のことすら綺麗だと感じる。悔しいけど、そう思うあたり私も臨美の髪がすきらしい。臨美は顔も整っているけれど他の部分も綺麗で、例えば髪とか指とか足だとか、すべてが細くて、臨美が自慢するだけのことはある。綺麗、だからこそ私は臨美が嫌いで。妬みとかじゃない、その手足や可愛らしい顔を軽々しく他者に見せびらかすのが嫌いなんだ。…何だかこれだと私が臨美のこと好きみたい、だ。いや、有り得ない。私はただ臨美の軽々しい性格が嫌いなだけ。嫉妬とかそんなものでは、けしてない。私が更に不機嫌になっていくことに気がついたのか臨美が、柔らかく頭を撫でながら言う。

「ねぇシズちゃん、今日一緒に帰ろうよ」
「……やだ」
「んー、帰りにクレープでも奢ろうかと思ったんだけど…シズちゃんが嫌ならしょうがないね」

クレープ、柔らかな生地に果物や生クリームが包まれた甘い甘い、甘党な私には堪らない食べ物。釣られては駄目だ、わかってはいるけれど。頷いてしまったのは私が甘いものに弱いと知って誘ってきた臨美が悪い。それを言い訳にして放課後を待つ事にした。







ぶっきらぼうに私から目を逸らしながらシズちゃんは生クリームがたっぷりトッピングされたクレープを頬張る。流石は甘党と言うべきか、胸焼けしそうなほど甘いそれを難なく食している。口に含むと何処か幸せそうに笑んで、こちらが見ている事に気付くと恥ずかしそうに頬を染めてふいと空中に視線を逸らす。その様子にかわいいなあ、なんて思う。同性を愛する趣味は無かった筈だから、やっぱりこんなに可愛いと思うのはシズちゃんだけ。尤も、私は人間を愛していて、それでもきっと、シズちゃんはその中でも最上級の存在。私にとっては、だけど。

「…あま」

シズちゃんの様子を見て自分でも少しずつクレープを食すが、中々進まない。甘いものが嫌いなわけではないけど、生クリームの甘さがやけに喉に詰まって食べられない。シズちゃんを見ると相変わらず順調に食べ進み、もうすぐ無くなりそうだった。シズちゃん、一度の量もすごいけど食べるのも早いなあ。それで全く太らないんだから、羨ましい体してるよねぇ。
それに比べて私は、…決して太ってるわけではないと思うけどとにかく体の成長が著しい。思わずシズちゃんの胸部を見ると、そこにははっきりとした二つの柔らかそうな膨らみが実っていた。自分の胸元を見る、平坦。これでもかと言うくらいに平坦。どれだけ食べてもこの平坦とした胸だけは成長してくれない。でも、シズちゃんは背も伸びるし胸も一段と大きくなっていく。世界の理不尽、ってこういう事だろうか。

「…おい、」
「え?」
「さっきから何なんだ、人の事ジロジロ見て」

私の視線に気付いたらしいシズちゃんが居心地悪そうにこちらを見てそう告げる。実際見てたのはシズちゃんの胸、だったのだけれど本当の事を言ったら多分殴られるだろうと思ったのでとりあえず適当に笑って誤魔化した。するとその間にべたり、と目を離したせいか溶けた生クリームが指に張り付いていた。しまった、そう思った瞬間、

「…えっ……」

突然シズちゃんが私の指を掴んで、垂れるクリームを舐めとるように噛み付いた。そのまま生クリームを指と共に口内に含ませて、指を引き抜いた後飲み込んだ。そこでようやく手は解放され私はシズちゃんを見上げた。シズちゃんは呆然とまるで自分でも何をしたかわからない、とでも言いたげにうっすらと噛み痕の残った私の指を見つめていた。そして軽く頭を抱えて唸り始めた。

「シズ、ちゃん…?」
「…ごめん臨美、手、洗ってくれ」

申し訳無さそうにシズちゃんは視線を逸らして言い、水色のハンカチで私の指を包む。そのまま俯き私に背を向け、足早に帰宅路を歩いて行ってしまった。私は何だか追いかけてはいけないような気がして、食べかけのクレープを思い切って口に含み、熱い頬のままシズちゃんとは少し離れた帰宅路を走った。ばいばいも何も言えなかったのが心残りだったけど、明日…また話せばいい、かな。何だか気まずいけど。何でシズちゃんがいきなりあんなことしたとか、そんな事はいい。どうでもいい。むしろこうなる気はしていたのに。
ただ、ドキドキした、だなんて。



甘いのはきみのほう
(私らしくない、よね)




101203

書いた本人もよくわからない展開で申し訳ない