拍手ログ_5

※「きんぎょのはなし」と併せて読むことをおすすめします。



「昔の話をしよう。

尤も、これが何時のことだったかなんて大したことじゃあない。こうして言葉にした時からそれは過去なんだと俺は思う。
こんな前置きもお前には鬱陶しいだけだろう。


――ずいぶんと"昔"のことだ、俺は金魚を飼っていた。

自由に動き回る金魚に憧れて、いつの間にか手に入れたいという浅ましい願望まで抱いて、若かった俺は金魚を乱暴に閉じ込めた。
ホームセンターで青のペンキを買ってきた。地下室の壁一面に塗りたくった。
白のクレヨンで泡を描いた、魚も描いたけれどどうにも似なかったのでまたペンキで塗りつぶした。

そうして、金魚を飼った。

餌はちゃんとやったし、抱きつぶすほどに愛情も与えた。なのに、馬鹿な金魚は何度か逃げだそうとしたんだ。否、馬鹿だったのは俺の方だったのかもしれない。

暗室に閉じ込めた金魚はどんどん白く、濁っていったよ。
俺の憧れた金魚はそこにはいなかったんだ。不思議な話だろう?

手に入れようとして、握りつぶしたんだ。」


目の前の男はそこで酒をあおった。


「金魚がいないと気付いてからは、もう全てがどうでもよくなった。年の割に稼ぎだけはあったから、生活に苦労しない程度の金を渡して、俺は逃げたんだ。

行き先は決めてあった、初めて金魚に出会った場所だ。

運命ってのは不思議なもんで、こんなクズみたいな俺のもとにもう一度お前が現れるとはね。しかも、きらきらで、真っ赤で、最高だ、あぁいいなぁ、今度こそ手に入れたいよ」


隠し持った刃とともに、人気のない路地裏はぬるく光る赤に染まった。


「綺麗だよ、"金魚"」




真っ赤な魚はどちらだったのか。
151202

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