頭の中では分かってるんだ。

――こんなのは駄目だって。

優しくしたい、幸せにしてあげたい。
その二つの感情は常に頭を巡っているのに、なぜか僕は貴方を苦しめることしか出来なくて。これじゃいけないとどこかで理性が訴えているのに、その目で見つめられる度に身体は意思に逆らい動きだしてしまう。


「……貴方も懲りない人ですね」


だから僕は今日も、この薄暗い空間の中で誰よりも大切にしたい筈の貴方の気持ちを踏みにじる。


「…………」

「なにか言ったらどうなんですか?」


口の端っこを赤く染めて、ところどころ皮膚を痛々しく紫色に腫れ上がらせて。
それでも瞳だけは色を失わずに僕を睨み付ける。受けているだろう痛みを微塵も感じさせず、僕を心底馬鹿にするような笑みを浮かべながら。


「はっ……お前も大概惨めなヤツだよ」

「……」

「前に俺は聞いたよな。人を傷付けたいと思ったことはあるか、殺したいと思ったことはあるか」


黒い髪を床に散らして、新堂さんが口に溜まった血を顔の真横へと吐き捨てる。


「……お前は、ないと答えた。だが俺には見えていたのさ、今のお前が本性だ。――それがお前の本性なのさ」


そう言って、なにがおかしいのか高らかな笑い声を上げながらニヤリと新堂さんの口が歪む。痛みを与えられているのは彼だというのに、支配しているのは自分だとでも言うように新堂さんは僕を見据え続ける。

下からねっとりとした視線に絡め取られる度に言葉なんかでは表せないような感覚が背中を抜けていく、この人を心の底から屈服させたい、そんな歪んだ願望がドロドロと僕の腹の中を黒く染め上げていく。


「どんな気分だ?自分の欲望を目の当たりにして…――ぐっ、ぅ…!」


笑いながら吐き出される言葉を、遮るように鍛えられた新堂さんのお腹を勢いよく蹴り上げる。低く唸るような声を上げながら、新堂さんが何回かむせかえって胃液を吐き出す最中も止めることなくその身体を無心に蹴り続けた。


「――あの時は本当に、そんなことを思ったことはなかったんですよ?」

「ゲホッ、…っかは……はー……っ」

「仮にこれが僕の本性だとして、それを引き出したのは貴方じゃないですか。僕は人を傷付けたいんじゃない、…貴方を傷付けたいんです」



仰向けに転がした身体を上から踏みつけて、笑う。新堂さんが苦しそうに喘ぐ度に鳩尾に宛てた靴の上から伝わる新堂さんの息遣い。


「貴方を壊したい」


――大切にしたい。


「その余裕を剥ぎ取って、全てを支配してしまいたい」


――笑ってほしい、僕の全てを受け入れて欲しい。


「貴方がそんな目で僕を見るからいけないんだ!泣けばいいのに、縋ればいいのに。許しを乞うてみせればいいのに!」


――幸せにしてあげたい、寄り添っていたい。愛してあげたい、愛されたい。

気持ちはいつだって正反対だ。


「ほら。ほら、痛いでしょう?ねえ、早く泣かないと死んじゃいますよ?」

「うぐっ、…ィ、あがぁああああ!」

「新堂さん、新堂さん…ああ、凄くイイです。ねえ、早く、早く早く早く」


鳩尾を蹴りつける度に新堂さんの身体がガクガクと震える。血と唾液が口の端からごぷりと零れて、息が出来ないのか首が何度も左右に揺れてはもがく。

それでも彼は決して涙を見せようとはしなかった。


「……あぐ、っう゛、ァア!」

「なんで、貴方はそうなんですか…?」


どこで、道を間違えたのだろう。

幸せにしたい、抱き締めてあげたい。

僕の理性は確かにそう願っているのに、それに逆らって、壊してしまえと頭の中で誰かが囁いている。
貴方の反抗的な目はまるで呪いのような魔法だった、その目に見つめられると僕は僕じゃなくなってしまうんだ。


「泣けよ!なぁ、新堂!」


早く。

お願いだから早く、白旗を上げて。
でないと、僕は貴方を殺してしまう。


( それは一体誰の意志 )


初めは小さな恋心だった筈なのに。



―――
20121001



Sっぽい人って泣かせたくなるよね。








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