「I can fly!」

「……あなた、飛ぶと落ちるの違い、解ってます?」

「失敬な。ちゃんと解っているとも」

「ではこれは?」

「……なにか文句があるのかい?」

「……だから馬鹿だと言われるんですよ、脳味噌詰まってますか?ああ、所詮微生物ですものね、愚問でした」


屋上の柵に寄りかかって、これみよがしに吐いた溜息が夏の蒸し暑い空気の中へと溶けていく。
馬鹿みたいな声で馬鹿としか思えない叫びを放った張本人は、僕が座っている場所から柵を挟んだ向こう側に立っている。
あんまり馬鹿をやってると落ちますよ、なんて言葉を放つのはもう止めた。今彼に落ちるつもりがないのは解っているし、言っても彼は下を見ることを止めないのだから。


「夏場の自殺は悲惨ですよ、熱気と血の匂いが混ざり合って…発見が遅れれば虫の餌食にもなりますし」

「なんだい、まるで見てきたような口振りじゃないか」

「ひひ、……さあ、どうでしょうね?」


実験を、始めましょう。
口の中で呟いては見たけれどそれでなにかが変わる事もなかった。

目を閉じても開けてみても広がるのはただ薄暗いばかりの景色だ。
こんな時間にこんな場所で、ああ、きっと僕も彼に毒されて少しばかり頭が壊れてしまったに違いない。


「君は、空を飛びたいとは思わないのかな」

「空を飛ぶより、地べたを這っている方があなたにはお似合いですよ」

「僕じゃなくて、君の話。荒井君、ちゃんと耳付いてるの?」

「飛びたいか飛びたくないか以前に、飛べないでしょう」


こんな意味のない問答をする暇があるのなら、こちらへ来たらどうですか。
そう呟いてみても、相変わらず彼は屋上の縁に座り込んで熱心に下ばかりを見つめていた。


「……僕は何度も言ったじゃないですか」


振り向いて、柵の向こう側に広がる闇を僕も同じように見下ろしてみる。
そこにはほんの数分前となんら変わらぬ景色が、ただ無感情に広がっていた。


「それは飛ぶのではなく、落ちるって言うんですよ、って」


見下ろした、地面に咲く赤い花。
こんな暑い日に一晩放っておかれるなんて、ああ本当に、この人に関わるとろくな目に合わない。


「…飛べると思ったんだけれどなぁ」


馬鹿じゃないですか。
――僕も貴方も、この世界も。


( 空から急降下 )


実験を始めましょう。

もう一度呟いた言葉にもやはり反応は返らない。

何故なら僕達は、もう実験対象からは外れてしまったのだから。



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20120815







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