バレンタイン |
CAST:アルティアラ(テレジア),ヴィル(グラニデ) あの時、胸が高鳴ったのは何故だったの。 皆と同じように、渡すだけじゃない。 なのに勇気が足りなかった。 鼓動が変にうるさくて、普通でいられなかった。 「そんな事もあったなぁ」 アルティアラは甲板で頬杖をつきながら誰に言うでもなくそう呟いた。普段は甲板にいるカノンノやアッシュ達は今は食堂でご飯を食べているところだ。 「ねぇ、私、今ならきっと素直に渡せる…気がする」 返事は、なかった。 「男の子達にプレゼントがあるのよぉ」 朝食を食べていたらパニールが大きな袋を抱えながらそう言った。 何か、あるのだろうか。しかも男限定…? 「もしかしてヴィルはバレンタイン知らないのか?」 キールは隣でキョトンとしているヴィルにそう尋ねた。 ヴィルは一瞬ピクリと眉を上げたが何も知らないらしく小さく頷いた。 「バレンタインと言うのは」 「女の子が男の子にチョコレートをあげる日なんだよ!」 キールが説明するより早く、カノンノがそう言いラッピングされたチョコレートを見せ、ヴィルの頭に乗せた。 キールとは反対側の同じくヴィルの隣に座るユーリはそれを見、思わず吹き出した。 「ありがとうございます」 そんなユーリをチラリと睨んだが、直ぐにカノンノの方を向きお礼を言った。 「どういたしまして。この船の女の子達全員で作ったんだよ」 カノンノはキールにも渡しながらそう説明した。一瞬、男共の空気が凍りついた気がするがあえてスルーしておこう。 後で説明されたがバレンタインに渡すチョコレートには義理と本命とあるらしく、俺が今貰ったのは明らかな義理で、後でたまたま見てしまったコレットさんがロイドに渡したものは恐らく本命だったのだろう。 ロイド本人は気づいてないだろうが。 ついでにプレセアさんがジーニアスに渡したものは義理。 モテる男には良い日だろうがまぁモテない男には嫌な日だろうなと思った。 義理なんて貰っても虚しいだけなのか、好きな人なら義理でも嬉しいのか。 俺にはよく分からない感情で、きっとこれからも分からないだろう。 まぁ分別するなら俺はモテない男の方、それくらいは分かる気がした。 「なーにしてんの?」 「あ…アルティアラさん…」 そんな下らない事を甲板で寝転がって考えていたらいきなりアルティアラさんが覗いてきた。 いきなり現れたので心臓がうるさいがきっとそれだけではないのだろう。 他の女の人ならそこまでビックリしない。 「あ、いえ…少し考え事を」 俺はそう言いながら起き上がった。 その行動に満足そうに頷くと彼女は隣りにちょこんと座った。 少なからず俺は彼女に惹かれているのだろう。 しかし気持ちを伝えたい、とか相手が俺を気にしてくれれば、とは思えなかった。 彼女は俺を見る時、ひどく優しい目をする。 自惚れとかではなく、ただ彼女は俺に何か別の大切な人を重ねている。 彼女の過去を知る訳ではないが多分、その大切な人はもういないんだろう。 眼を見てるとなんとなく、そう感じた。 「ふーん。あ、ヴィル君のことだし沢山貰ったんでしょ?」 「チョコレート、ですか?全く。あぁ、カノンノ達から義理は貰いましたが」 あぁあれね、と納得したように頷いた後、彼女は手に持っていた物を俺の頭に乗せた。 また頭…俺の髪はボサボサだし(一応自覚はありますよ)安定感はないだろうに。 だが頭に乗った物が何なのか分かった瞬間、そんなものはどうでもよくなった。 「チョコ…レート…?」 「えへへ、他の人には秘密ね?本命以外、ヴィル君にしか渡してないの」 アルティアラさんはそう言い静かに、というように人差し指を口に当てた。 凄くうるさいはずの心臓は、不思議と穏やかで心地が良かった。 「ありがとう…ございます」 ヴィルは優しく笑い、お礼を言った。 恐らく彼自身、こんな優しい顔をしている のには気づいてないだろう。アルティアラも自然と笑顔になった。 俺はアルティアラさんから貰ったチョコレートを甲板で食べていた。 甘くて口の中でとろけてく。 生チョコなんだろう、以前ユーリから貰った事があった。 甘い物は大好きだから、でもそれだけじゃない、彼女から貰ったからだろう。 凄く幸せだった。 「あぁ…そういうことですか」 一つ、人の気持ち分かった。 好意を持ってる人から物を貰うのはこんなに嬉しい事だったと。 義理だって全然構わなかった。 「何かまた…くれたら良いのに」 そう呟く自分に驚いた。欲なんて、ないと思ったから。 彼女か船員のお陰か俺は確実に人に近付いている。 それは嬉しくもあり、また恐ろしくもある。 それでも…今は良いと思う、きっとまだ苦しむべき時ではない。 自分でも認めるニヤけ顔で、俺はチョコレートをまた一つ、口に入れた― 「ヴィル君にあげちゃった」 誰に話すでもなくアルティアラは自分の部屋で呟いた。 気が抜けたようにスッと、彼女はベッドに横たわった。 「分かってるよ、ヴィル君はヴィル君でしかない。それくらい…当たり前だよ」 相変わらず返事はない。しかし彼女は気にせず手に持っていた袋を枕元に置いた。 中から甘い匂いがする。恐らくチョコレートだろう。 「今なら言えるもの、大好き」 返事はなかった。だがいつの間にか扉が開いており、その先には― ....................... ←back |