小説 | ナノ

判らなくなる。
何もかも、見えない、聞こえない、私は私は私は?

ずるずると這うように動けば、斬られた箇所が熱を帯びて痛んだ。息苦しい。戦火が見える。脳内に酸素が足りない、足りない。

斬って、斬って斬って斬って斬って斬ってそうして足元に転がる躯達が私に手招きをして語りかけて憎悪を向け堕ちろと、早く堕ちろと頻りに囁くのに応えられないままただ蹲る、頭を抱える、私は望んでいない。こんな、こんな世界など!

視界が紅かった。
月も、地平も、何もかもが目を見張るような赤赤赤。
汚らわしいと思う。それに塗れた自分の手も。
美しいと思う。いっそ全て消えてしまえば良い。


(私は、何を為そうと)

(嗚呼、そうだ)

(私はただ、あの方の為に)


着いていくと、決めたのだ。例え修羅の道だとしても。私が望むものはただ一つ、ひとつ。貴方様の天下が見られるのであればどのようなことでも致しましょう。

思えば簡単なことだった。あのお方の敵は私の敵で抗う者は人でもなんでもない、のだ。阻むものは消えてしまえばいい。私は間違っていない。これでまた一歩、あの方の天下が近付いた!くすり、耐えきれない笑みが漏れる。うれしい、私は嬉しい。あのお方のために剣が振るえるのだから、これほど倖せなことはない。どうして私は見失っていたのだろう。迷うことも苦悩することも何もないではないか。私は間違っていない。

ゆるゆると立ち上がると、残党が背後から襲いかかった。それを受け、即座に反撃し斬り伏せる。腰を抜かし後ずさる姿のなんと醜いことか。静かに見下ろして首を刎ねれば、あっさりと事切れるその命。ごろり、足元に転がったそれには目もくれず、刀を一瞥する。血に濡れた刃は鮮やかで、耐えきれずもう一度、笑った。








ヒロイズムに陶酔
(拒絶せよ、さらば与えられん)



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