「今日は何の日か覚えているか」

久々にヅラが万事屋に顔を出しに来ていた。今日はあの白い天人は一緒ではないらしい、神楽や新八は買い物に出かけている。ヅラを中へ通しいちごミルクを出す。
「久しいな。こうしてふたりで話すのも」
「交わしているのは杯じゃないがな」
ふたりとも笑った、
「もう何年前になるだろうか」
ヅラは言った。
「さあな忘れちまった」





先生の塾に通う俺たちは小さい頃から彼女を知っていた。歳が離れていて人見知りだったけれど俺達には懐いてよく後ろを追いかけてきたものだった。特に高杉が妹のように可愛がり金平糖だの饅頭だの持ってきては彼女にあげていたのを覚えている。あの頃を思い出すと随分と変わってしまったものだな、俺もあいつも。しかしいつからだっただろうか、彼女が俺たちの元へ顔を出さなくなったのは。松陽先生が幕府に捕らえられた時?天人が攻め込んできて戦争が始まった時?

ともかく戦争が始まり参加するようになってからは俺たちの中に彼女の存在はなかった。

それから暫くして俺が白夜叉なんざ呼ばれるようになっていた。少し肌寒いこの日、隠れ家の近くで天人に襲われているという村があるのを聞きつけて駆けつけたその村の蒼然とした廃寺の本堂に足を踏み入れるとそこには懐かしい顔があった。

「ひより」
「銀ちゃん、?」

彼女の他に所々擦り切れている襤褸の着物であっただろう布切れを身につけたこどもたちと片足のない青年、数人の老人がいた。ひとりのこどもが俺の顔を見上げる。視線を合わせるとひよりの後ろに隠れてしまった。ごめんね、この子たち知らない人を見るといつもこうなの。彼女は言った。戦争孤児だろうか、こういったこどもは珍しくない。

「天人は逃げた。ひより」
「なあに晋ちゃん。怖い顔をして」
「またいつ襲われるかもわからない。俺たちの隠れ家に来い」

彼女は少し考える素振りを見せたがすぐに高杉の申し出を断った。ここには歩けない人もいるからそんな人たちを置いて私だけ逃げるわけにはいかない。彼女は言った。それでもと粘る高杉だったがひよりも譲る気配はない。高杉はその場に座り込んだ。

「晋ちゃん何を」
「お前がその気なら俺はここに残ってお前を護る。文句は言わせない」
「待て気持ちはわかるが」

桂が険しい顔をして口を挟む。

「戦力を分散している余裕などない。お前もわかっているだろう」

その場にいた全員が口を噤んだ頃、今まで押し黙っていた俺は口を開く。

「なァ戦争ってなんだ」
「?」
「そもそも俺たちが戦い始めたのはなんのためだ?攘夷の為と言う奴もいるが少なくとも俺は護りたいものがあったからだ。もう同じ過ちは繰り返さないために」

ヅラは視線を足元に落とす。暫くしてようやく口を開いたかと思うと「そうだな。どうやら俺は本来の目的を見失っていたようだ」と。ひよりは少し安堵した様子で胸を撫で下ろした。そうと決まれば人数を集めなければ。早いに越したことはない。

「なるべく早く戻ってくる」
「うん」
「だからもう少しだけ待っていてくれ」




帰路を急ぐ途中俺たちの足元に雪が降り積もる。もうそんな時期かと宙を振り仰ぐ。息を吐き出すと少しだけ白く見えた。古色した壁の中では寒さを凌ぐ事さえ大変だろうに。いつの間にか足早になっていた。

「思ったよりも遅くなってしまったな」
「まさか反対派があんなにもいたとは思わなんだ」
「だがこれでもう彼女も」

そう言った高杉の足が止まる。足元には赤黒くなった血がこびり付いた草履が片方だけ落ちていた。静かに拾い上げると大きさからして女の物だとわかった、丁度そう、彼女と同じくらいの。「ひより!」高杉は血相を変えて走っていく。それを追いかける俺たちの顔からも次第に血の気が引いてゆく。この前の寺の門前まで来た、ここからでもよくわかる。真っ白な雪の上にできた赤い水溜りが。急いで駆け寄る、本堂の中は酷い有様であった。ドアが開かれたままであったので雪が吹き流れ所々降霜も見られた。足を運ぶと霜を踏んだようで鈍くぱりんと音が聞こえた。

「もう少し早く来ていれば…間に合っていたかもしれねぇのに」

高杉は横たわっているひよりの身体の側に崩れた、地面を叩きつけた。彼女の腕の中には小さな子供がいた。きっと彼女はこのこどもを庇って。その近くにいくつもの遺体が積み重なって中には顔の原型を留めず誰なのか認識できないくらい凄惨な死に方の者もいた。誰もが言い表せない怒りを抱えていた。

「これがあいつらのやり方かよ」

女もこどもも爺さんも婆さんも関係ない、同じ地球人だとすれば敵と見做す容赦ない遣り口だ。もう二度と同じ過ちを繰り返さないと誓ったはずなのに無力な自分が嫌に突き刺さる。いつだってそうだ。






「銀時」

考え事をしているうちにどうやら眠ってしまっていたらしい、桂の声で意識が引き戻される。何故今にしてあの頃の夢を、もう忘れたはずじゃないか。何度も思い出しては苦しみ何故自分だけが生き残っているのかと悔やみただ茫然と悲嘆に暮れる日々を経てようやく今の生活に辿り着いた。邪魔をしたなとまだ殆ど中身の入っているコップを残して玄関へ向かう。神楽と新八はまだ帰ってきていないらしい、どうりでよく寝られたわけだ。見送りに出ると粉のような細雪が音もなく降り敷く。そう、まるであの日と同じ様に。胸いっぱいに吸い込んだ空気を吐き出すと白い吐息となり静かに消えて行く。

春は、まだ来ない。


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