ある朝の光景
朝。起きてすぐに、隣にある温もりに安堵するのは、初めは妙に馴れなかったモノだ。
安堵する自分が自分でも珍しく、今までの事を思い出してもそんな事は一度としてなかったのではないかとさえ思えてくる。
掃いて捨てるほど群がる女どもも、へこへこと媚を売りまくる男どもも、俺の興味を引くものはおろか、果たしてそれに価値があるのかもわからなく、否、無いだろう。
利益さえ出れば後はどうでもいい。いかに上手く金を作り上げ、それを持続させられるか。その一片に奴らは過ぎない。
用が終わればすぐにでも手切れるようにするし、見込みのある奴はこの先も付き合っていく。もちろんその間にも隙などいせずに、常に見定めに行かなければならない。
女もそうだ。ただ疼くような性欲を吐き出せればそれでいい。
誰でもいいし、その後はさっさと近場の別荘に行く。一緒に寝ることはない。
化粧臭く、計算高い女の隣で、一夜を過ごせるなど、どう考えても時間の無駄で、胸糞が悪い。
20歳半ばほどで立てたこの組以外、俺の興味を引くものなんて何もないだろう。
今も、これからも。
それがどうだろうか、隣にいるこいつだけは、どうにも、手放すことなんかできそうにない。
「陽愛」
軽く呼んでみても、熟睡しているためか、起きる気配はない。
カーテン越しに朝日が差し込んでいる。そんな温かさを感じつつも、時計を見れば、そろそろ起きる頃合いだ。
「おい、起きろ。陽愛」
そう言ってはいるが、俺の手は陽愛の頬をそっと撫で、前髪を軽き掻き上げるだけで、起こしているとは言えない。声もいつもよりは小声だ。
起きてしまえばこいつは大学へ行く準備をあわただしく始めるだろう。
大学の一年である陽愛は、それこそ上京したてで、何も怖くないとでも言うように、楽しく通っているから、腹が立つのだ。
大学に通わせるのは本意ではない。
俺の職業柄、絶対に危険が無いとは言い切れないからだ。もちろんあの一件からは、ハエ一匹でも陽愛につかない様にしているため、小さなトラブルの芽から摘み、危険なことはないのだが。
「起きなくてもいいぜ。ずっと寝顔をみていられるってのも、いいもんだ」
小声で本音を漏らす。
大学を止めて、家にずっといても構わない。陽愛を養っていくだけの金なら、いくらでもある。
むしろ、大学などと言う多くの人の目にさらされるところに行かすよりは、家で俺の帰りを待っていてほしいもんだ。とは思う。
「…んっ…ぅ〜…ぁ、おはよ…」
「…おう、」
しかし、タイミングのいいことに、ある程度の体内時計は正確に持っている陽愛はのろのろと起きだした。
19歳の男には見えない、綺麗で可愛らしい顔を、眠たそうに溶けさせて、時計を探す。
「ぁぁ…っ…起きないと」
大きな欠伸をしながら、もぞもぞとベッドから這い出る。
テトテトと覚束なそうな足取りで寝室を出るのを見届けて、俺も仕度を始めた。
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「そういえば、梗亜ってなまらモテんだべ?」
「誰が言ったんだ」
「川村さん」
そう言えば、陽愛と一番初めに会ったのは、川村だったか。下っ端の奴だが、妙に陽愛はこいつに懐いているようで、送り迎えなど、極希にやらせている。極希なのは安全面もそうだが、俺が気に入らないからだ。
「でも、確かに、初めはなんまイケメンだなって俺も思った」
もう一度見直す様に、俺の顔をまじまじと見てくる陽愛の視線は、値踏みする様ではなく、素直に見ていると言うだけで、嫌な目線ではない。むしろ嬉しいくらいだから、俺も心底こいつに惚れているのだろう。
「今もそう思ってるだろ」
「……………まぁ」
「んだ、その間は」
「今も確かにかっこいいけど、…しつこいし」
「いつ、しつけぇんだ?」
「…え、夜、とか」
言ってて恥ずかしくなったのか、耳を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった陽愛はいつものことながら、すれなく可愛らしい。
初めはとか、しつこいと言われても機嫌が悪くならない、むしろ良くなるのは、陽愛だけだ。
「それは、しかたねぇな。しつこくなけりゃぁ途中で逃げるだろ、お前」
「だってぇ!次の日学校なんだよ!?」
「大学なんかやめちまえ」
「いやだ!絶対行く!大人の階段昇りたい!!」
「もう昇ってんだろ、おもに夜によ」
「なっ!!?朝から言う事じゃないべさ!!あんぽんたん!!」
朝食の箸をおくと、陽愛はそのまま頬を膨らませて玄関へ向かったが、綺麗に食べ終えた皿を見て、食い気はあるんだな、と内心笑った。
「気を付けて行って来いよ」
「うん、梗亜もね!」
既に朝食を終えてる俺はコーヒーも飲み干して、陽愛の後を追い、行先の違う別々の車に乗り込む。陽愛が手を振って別の車に乗り込むのを軽く片手をあげて返し、その笑顔を見送った。
少し言い合っても、切り替えが早いと言うか、次には無償の笑顔を見せてくれる陽愛は本当に手放しがたい大切な存在だ。
こいつだけが俺の特別。
今も、これからも。
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終
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