好きな食べ物
「拓海くんって何か好きな食べ物ある?」
「は?」
博人の突然の質問に俺は思わずマヌケな声を出してしまった。
だからぁ。ともう一度質問を繰り返す博人に、俺は驚いたまま答える。
まぁ、答えなければ、罰が待ってるだけなので、答えるしか選択肢がないわけだが。
「…ミ、」
「ミ?」
俺の好物は、昔母さんが一度だけ作ってくれたもの。
「…ミートスパゲッティ」
言って少しだけ顔が赤くなった。好物が子供っぽいと自分でも分かっているし、前に知り合いに言ったら大笑いされたことがある。
だからいままで、焼き肉とかオーソドックスな食べ物を答えていた。
前にも博人が同じ質問をしてきて、焼き肉と答えたのに、何故また聞くのかと疑問に思ったが、俺が本当に焼き肉が好きかどうか、頭のキレるこいつは嘘だと見抜いていたのだろう。
「じゃぁ夕飯はミートスパゲッティにしようかな」
笑いもせず、真剣に考える博人を見て、俺は少し戸惑う。
「…なんで、」
自然と出てしまった言葉。
「ん?」
それが微かに博人の耳に入ったのだろう、首をかしげて、俺の方を見る。
「なんで、最近…」
なんで、最近そんなに優しいのか。
今までみたいに酷く扱ってくれれば、俺の心がこんなに戸惑ったり、締め付けられる様な思いをしなくて済むのに。
途中で言葉を失ってしまった俺を困ったように見つめて。
「最近、拓海くんを見てると胸が苦しくなって…でも、笑った拓海くんを見ると苦しくなくなるんだ」
「……」
「それでね、……拓海くん?」
俺は何でか泣いてしまって。それを見た博人がおろおろと、俺の爪のとれた手を確認したり、熱を測ったり、いろいろしていた。
「どこか、痛いの?泣かないで…?」
優しく声をかけてくる。
もう訳がわからない。
こいつがわからない。
苦しい。
暫く泣いてたら、博人がどこかに行ってしまって、俺は一人で考えてた。
確かに最近ちょっと笑うようになった俺を博人がマジマジと見つめている時がある。
そんな理由だったのか。とゆっくり考えていると、博人が部屋に入って来て。
「ミートスパゲッティ作ったから。泣かないで」
俺はまだ泣いていたのか。と気が付いて、手で涙を拭き、博人とリビングへ向かった。
誰もいない家。
俺と博人だけの家。
久々に食べたミートスパゲッティは、昔食べた母さんのとはちょっと違ったが、俺が誰からも貰えなかった優しさの味がした。
.
.
.
終
[
back]