最後には宍戸の目を見て楽しそうに話す慧に、宍戸は自分の中にじんわりと染み込む温かいものを感じていた。驚いたり、困ったり、喜んだり、ゆっくりとだがころころと表情の変わる彼をもっと見たい。宍戸はいつの間にか普段見せることのない、まして自分にそんな表情などできたのかと驚くほど優しい眼差しで慧に微笑みかけていた。
「慧は綺麗だな」
「……ありがとうございます。…でも自分では人並みだと思うんですけど」
う〜んと悩むようにした顔さえ絵になる悩ましい美人像だと、慧は気づかない。自分にはとことん無頓着な慧だった。
そんな慧を宍戸はますます気に入った。慧の言葉には自慢するような嫌味は感じられない。本心でそう言っているようなのだ。自分の美貌を振りまいて驕っている奴らばかり見てきた宍戸には、純粋で控えめな慧がとても気に入っていく。胸が落ちつかない。こんな感情は初めてだった。
「顔が綺麗だと言っているわけじゃない、心が綺麗だと言ってるんだ」
恥ずかしげもなくさらりとそんなセリフを言う宍戸に、慧は少し驚いてしまったが、褒められて嬉しくないわけがなく、恥ずかしさに少し俯きながら微笑む。
「ありがとうございます…お世辞でも嬉しいです…」
控えめな彼に「世辞じゃない」と言うとさらに顔を俯かせる。しかしその肩にかからないくらいの髪から覗く耳が真っ赤で、宍戸は自然と笑みを漏らし、気分は今までにないほど高揚していた。
慧も初めは戸惑っていたが宍戸と話をすることに楽しさを感じ、ゆったりとした自分の流れに合わせてくれているであろう彼をいい人だと認識した。それに時折見せる微笑みがとてもかっこよくて穏やかなのだ。纏っている雰囲気もいつしか柔らかくなっている。慧もそんな宍戸に同じように微笑む。花の綻ぶような笑顔だった。
「またぜひ、お越しください」
「あぁ」
閉店時間までいた宍戸は最後に笑いかけてきた慧の顎を軽く指で押し上げ、その口元の可愛らしい黒子にキスをした。
「…ぁ……」
「またな」
耳に響く低い色香のある声。
一瞬何をされたのかわからないまま、宍戸を見送ってしまった慧は、遅れて顔を真っ赤染め上げた。完全に唇ではなかったにしろキスをされたということに慧は珍しくあわあわと焦ってしまったのだ。
宍戸は良い人であり、自分のペースにも文句を言わず合わせてくれた人であったから好意を持てたが、それが恋愛の方だとは思わなかった。しかし、あの微笑みや名残惜しそうにキスをくれた宍戸の姿が脳裏に焼き付き離れない。思い出しても顔に熱が集中するのがわかる。恋の予感はじわじわと慧を捕えて行った。
火照った頬をどうしようかと、宍戸を見送った店の前で慧はしゃがみ、熱を落ち着かせた。
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まさかキスをしてしまうとは思わなかった。女からキスをせがまれたことはあるが、自分からキスをしたことなど一度もないというのに。
それに、しようと思ってしたものではない。体が勝手に動いたのだ。
酒を飲む時のグラスを銜た慧の口元にあった可愛らしい黒子には、何とも言えない艶やかさがあった。薄暗く落ち着いた雰囲気の店内でそれは酷く魅力的だ。
それが別れ際に、綺麗に微笑んだ口元に合わせスッと動くのを見たとたん、宍戸の体は自然と動きその黒子にキスを落としていた。
自分でも驚いたがそのキスは甘く、離れがたい何かをもたらした。否、離れたくなかった。一生自分の下に置いておきたいくらいである。
物を集めたりするような趣味は無い。それどころか自分が立ち上げた鵬翔会以外、世の中の何にも興味を持つことなく生きてきた宍戸からしたら、慧は初めて心から欲しいと思った存在かもしれない。慧の持つ独特の穏やかな雰囲気はとても居心地がいいし。裏表のない純粋な心もまた手元に置いておきたいと思わせるには十分だった。
薄く目を閉じて慧を思い出す。ゆったりとした時間を流し、それでも穏やかに豊かな表情をする彼は、なんて可愛らしいのだろうか。自分に何かを可愛いと思う気持ちがあったのかと驚くものの慧だけだと確信した。
「欲しいな…」
それは渇きを知った男の声だった。