「変わった人形を売っているのはこの店か?」
日本ではまだまだ珍しい、車というモノに乗ってきた男は、厳めしい声でそう言った。
均等の取れた力強い長身で、美丈夫の凛々しく整った顔。短髪の黒髪は、その鋭い黒目同様、神秘的な何かを秘めているようだった。
ギラリと光るその双目は、最近異国、外国から短期の借店として来た骨董屋の主人に向けられている。
グッと見られただけで背筋が伸び、汗が滴るような空恐ろしさを感じる。まさに上に立つ、王者の風格があった。
「神蔵大佐が聞いているのだ、答えろ」
「大佐?…その若さで?」
骨董屋の主人は訝しげに、読んでいた新聞から顔を上げた。
尋ねたのも仕方がない。神蔵(かみくら)大佐と呼ばれた男は、まだ30代前半の若い男だからだ。
大佐などは中佐の上、准将の下、陸空海の区分でいくと、連隊長ともよばれるような、ベテランで凄腕の軍人に与えられた称号だ。せいぜい40代の少々トウのたった権力者がなるのだが。
しかしこう見えてもっと歳は上なのかもしれない。
「信じられないね、歳は幾つだい?」
「口のきき方を改めろ!この―――っ!」
神蔵の隣に立っていた男がいきり立って腰の刀を取ろうとする。
その手前に片手をだし止めた神蔵は、勝手な事をするなとでも言うように睨みつけた。
睨まれた男は「申し訳ありません」と言ったっきり、薄らと汗をかいて刀を収める。
「丁度三十だ、疑うなら階級章でも持ってこようか?」
今は仕事ではないのだろう、きちっとした洋装だ。これで軍服を来たならば、この上なく勇ましく雄々しいのだろう。と店主は場違いな事を考えて、軽く笑った。
その憮然とした態度も、面白い。
「いや、そんな手間は、大佐さんにはかけられないねぇ」
「そうか、なら、もう一度聞く、人形は本当に売っているのか?」
「例えばどんな?人形ならそこのショーケースにも飾ってあるし、奥にはもっといろいろある」
流暢な日本語を話す店主は、見た目はまるで美しい、彼こそが異国の人形の様だった。
銀の髪がキラキラとガラス窓から差し込む光で煌めき、瞳も珍しい金と緑が混ざった万華鏡のような不思議な色合いをしている。
つい、見取れてしまいそうだが、見続けるとどこか、知らぬ恐ろしい世界へ引きずりこまれる感覚がする。それこそが、彼を異国人形の様に見せる、もっともな特徴なのかもしれない。
一部の国と戦争し、今はひと段落ついた時期だ。物珍しい外国人に差別めいた視線も送られているだろう。
外国人と言っても一様に毛嫌いするわけではないが、国が許可して外人に店をやらせているのだから、この店主は信用が置けると言う事。
だから神蔵は来たのだ。
この店が最後。
「例えば、人間と同じように生き、同じように動き、同じように血が通っている人形だ」
「なるほど…。どんな毛色の人形を?」
「毛色?そんなものまで選べるのか」
「選べるよ、金髪碧眼なんていうのは一番人気だし…。あぁ、前に店を出させてもらったところでは、桃色の髪の子なんてのも売れた」
神蔵は少し考えて。
「いや、一体は要らない」
「…と、言うと?」
「手足だけが欲しい」
店主は何処か人を喰ったような顔を、初めてキョトンとさせて、目を瞬いた。
「人形のパーツだけを買いたい」
端的に、有無を言わせぬように言う。
店主はどうしたものかと悩んだが、神蔵がここ日本軍の大佐ほどの地位ならば、おそらく金も二十分にあるだろう。
さて、いくらでモノを売ろうか、と計算しながら頷いた。
「パーツだけなら、一からそれだけ作らないといけない。時間がかかるよ」
「かまわない」
「なら、そうだな…、どんなパーツが欲しいのか、詳しく教えてくれる?」
「その前に、お前の名前を聞いてもいいか?その名札の文字は読めなくてな」
「ん?…あぁ、日本語にするの忘れていた…。俺の名前は、サーシャ」
店主は名乗ってから、神蔵を客用の椅子に座らせた。