09
「ガジュ…ちょっといい?」

『…なんだ、テオ』

「ハルトの事なんだけどさ…なんか今日おかしかったんだ」

『どんな風に?』

「ん〜…なんか、悩んでるって言うか…僕を部屋に入れてくれたんだけど、それからはずっと上の空って感じ」

『ふむ…なんだろうな…帰りたいとかか?』

「いやいや、それは絶対にない!帰りたなんて思わないよ!僕だって思わないのに」

テオフィールは力いっぱい否定した。

飛ばされた異世界の居心地良さは異常だ。

何をしても罰が下るどころか、特殊な能力を持っているため、逃げるのもお手の物。

干支ノ国での仕打ちに比べれば、平等と平和がどこまでも広がっている。王族などの括りもさほどない。差別もほとんどない。

自分が丙午憑きであろうと、大蛇憑きであろうとだ。

誰にも迫害されることなく、伸び伸びと生きられるこの世界は、まさに二人にとってはぬるく愚かな楽園の様。

『…そうか』

生き生きとしてそう言ったテオフィールに、話の相手は声に落胆の色をにじませた。

「うん。あ、そんなことより、僕の勘だと…あれは恋だね」

『恋?』

「そ、恋!だってこれ以外に人を劇的に変わらせるモノなんてないだろ?」

何かに熱中できるような趣味でも、物でも、人でも、気になればそれは恋だ、とテオフィールは考えている。

例えば、盗みに熱中する自分も”盗み”と言うモノに恋している、と言うのだ。

ハルトもそんな何かを見つけたに違いない。

「それに…ハルトの部屋、血の匂いがしなかった」

『うむ…それは、良い傾向なのかもしれないな、暫く見守ってやってくれ』

「わかった」

テオフィールは一羽の鳩に向かって頷いて見せた。

鳩は威厳たっぷりの深い声で、テオフィールに向って喋る様は、はたから見たら驚きである。

それにこの鳩、形は鳩だが、木製のおもちゃのようだ、しかし、動きは滑らかに鳥そのもの。

この様な摩訶不思議なものは干支ノ国にもそう存在しない。
テオフィールは神から品物を盗んだ罪で異世界へ飛ばされた。木製の鳩はその品物の一つで、地球の裏、果ては異世界でもその鳩へ話しかけると、対の一羽を持っている者と会話できるというのもだ。

今テオフィールと話しているのは、例によって異世界にいる男とである。

『テオ…』

「ん、なに?」

『テオは…どんな国が好きだ?』

「どんな、国?」

ガジュと呼ばれた男は、ガーダルジュという辰ノ国の国王で、厳ある眼差しと、長い金の髪を後ろで一つにまとめている、由緒正しい黄金龍一族の玉龍憑きであった。

玉龍は昔荒くれ龍と言われていたが、ある旅で優しさや愛を学び、それ以降は大人しい知恵ある龍と言われている。それが憑いたガーダルジュは歴代の王に比べて真面目に執務をこなし、国の為にありとあらゆる素晴らしい知恵を持って収めた。

この事が講じてか、独立主義で纏まりの無かった辰ノ国が、今では干支ノ国随一の団結ある豊かな国となった。

そんな王がなぜ、重罪人であるテオフィールと仲のいいように話をしているのかというと、ガーダルジュはテオフィールを一番最初に保護した者であるからだ。

馬ノ国を追われ、盗みに手を染めているとき、唯一優しく手を差し伸べ、暫く内密に囲った。

嘘で塗り固め、虚勢を張って暴れるテオフィールを甲斐甲斐しく世話し、悲しい過去を解き明かした。彼が盗みをしなければならなかった理由や、憑き物によって差別される習わしにガーダルジュは疑問を持ち始める。

まだ、年端もいかない彼はそれなりの教育をさせられてはいたが、世継ぎが生まれ用無しになり、捨子になった。教育があるからと言ってどうしてよりよく生きられようか。

ガーダルジュはそんなテオフィールの話を全て聞き、そして癒したが、盗人の傍らで寝食を共にする王に、初めこそは何度も御物を盗んで逃げようとし、そして、テオフィールはなぜかできなかった。そのままいつしかガーダルジュに心を開いてく。

これで丸く収まればよかったのだが、これが愛と言うモノだとわかる前に、それに怯えたテオフィールは神の品物を盗むことになる。

盗んだものの場所は本人しか知らないが、どういうわけか、異世界へ飛ばされる判決が出る前に、この不思議な木製の鳩だけをガーダルジュ宛てに飛ばしていた。

受け取った当初はこれがなんなのかわからなかったが、突然テオフィールの声で喋りだしては、驚く以外の何物でもない。届いた時には既に異世界へ行ってしまっていた相手からだ。

二人は時折こうして話をする。

他愛ない話もあるし、新たな罪人が飛ばされることになったというのも、3年前にガーダルジュが連絡していたのだ。

声だけで相手がどれほど成長したかはわからない。あの時の仔馬はどうなっただろうかと、王は目を伏せ、声だけで想像する。あの蛇も。

テオフィールが飛ばされたのはハルトより何十年も前の事。

だから、似たように憑き物で差別され、酷い有様の蛇を見たガーダルジュは、捕まった重罪人ハルトの一時捕虜を請け負ったのだ。

しかし、ハルトはテオフィールの様にはいかなかった。決してその心は見せない。否、心というものが彼の場合薄かったとしか言いようがない。何もない。空っぽ。

有るのは食への異常な執着だった。

牢屋で出されたモノは料理も皿もトレイも全て食べ、慌てて空の食器を下げようとした看守さえも飲み込んだ。

『俺のを取ろうとしたんだ。俺の喰いもんだ、手が届くから、俺のだ』

そう言った、傷だらけの顔は、今でもはっきりと思い出せる。あの顔は容易に忘れられるものではない。

重罪人として異世界へ送られた二人に、何がそこまでの狂気を植え付け育てたのか。

そして、何が彼らに必要なのか。

ガーダルジュはその答えのヒントが欲しかった。

全ての答えをもらうなど、烏滸がましい事は言えない。彼らはもう十分以上にボロボロなのだから。

どんな国を、世界を、彼らは望むのだろうか。

せめて自国だけでも、彼らが望むようにしたい。

一国の王が、特定の者の願いを叶えるのは贔屓と言うモノだろうが、仕方ない。

あの、颯爽として美しく草原を走る、一頭の一角馬を。

「…う〜ん、僕は…僕はね―――」

黄金の龍は愛してしまったのだから。


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