02
青年はスタッフに運ばれて箱に詰められた。
綺麗な商品ではなく欠陥品なので、段ボールにクッションボールを申し訳程度敷いた上に、膝を曲げ背を丸め、胎児の様に寝かせて詰められた。
手持ちの穴が、青年の頭上と足元にある以外はない。
ガムテープで畳んだ口を止められる。
「コレなんぼで売れたか知ってるか?」
「…4000万ちょっきりじゃねぇの」
「2億だよ」
「ひぇ〜物好きな金持ちもいたもんだな」
スタッフは笑ってその箱を、落札した主人の所へ運んだ。
こちらが商品です。と落札者に渡す。
威塚の部下がそれを受け取り、車に乗せた。
車内は運転手と部下であろう男が一人、後部座席には威塚と、段ボールが置いてある。
「竹之内、明日は何時だ?」
「朝9時の便です」
手帳なども見ずに、竹之内と呼ばれた男は伝えた。
「……静かだな」
車に乗せられてから、カサリとも音を立てない段ボールを見つめ、威塚は呟く。
まだギャグボールを嵌められているのか、…もしかして、死んでいるのではないだろうな。威塚は段ボールをゆっくりと開けた。
「……」
「いかがしましたか?」
「いや…、寝ているだけだ」
段ボールを開けたっきり黙った威塚に、竹之内は軽く振り向いて尋ねた。何か不手際があった場合は、オークションの責任者に申し立てしなければならない。念のためポケットのスマートフォンから責任者の電話番号を引き出していた。いつでも電話できる様に。
しかし威塚からの返答は、いたって普通で、どこかホッとしたような穏やかささえ感じる。竹之内は少し驚いたが、失礼しました。と視線を戻し、スマートフォンをポケットに仕舞った。
威塚は、段ボールの中で眠る青年の髪を、さらりと撫でた。
痩せ細り、小さな体をしている。
年齢はわからないが、司会者は若いと言っていた。青年とも少年とも呼べるほどの背丈であることは、詰められた段ボールの大きさからして明らかだ。
今は、丸まって寝ているため、全身を見ることはできないが、青年の体は右半身だけ色が違う。
右半身は赤く焼けただれ、新しい皮膚が構築される前に、鞭や切り傷を作ったのか、皮膚の下にたくさんの傷を作っていた。火傷の痕に更に赤い傷は、もはや一生治ることのない傷だ。
手の指もいくつか無い。足の腱も切られているのか、大きな傷がある。
顔立ちは綺麗だっただろうが、今は火傷の痕が右目の下まで拡がり、美しさを削いでいた。
「耳もないのか…」
無いと言うよりは、左右の耳の上部がハサミで切られた様に綺麗にカットされていた。まるで犬の断耳に似ている。
他にも良く見れば至る所にピアスを穿った跡がある。おそらくこれではペニスにも痕があるだろう。オークションに出すときは前の主人の装飾品は全て取られる。刺青さえも焼とられる。所有の証ではなく傷として出さなければ商品にはならないのだ。
「刺青の痕もあるな…、前の主人は相当狂った奴だったのか…」
青年にも例外なく腰や内股に大きな焼き傷があった。刺青を消した痕だ。
それを踏まえると、この青年は確かにあのオークションで一番安い商品だろう。欠陥品として出された他の商品でもここまで酷い傷は無かった。軽い傷、鞭や、焼き痕が、主に背中に有る以外は、青年の様に全身に傷があるモノはいない。
「高い買い物だったかもな」
威塚は一つ溜息を吐いて、だけどその手は、穏やかに少年の髪を撫でていた。
滞在先のホテルに着くと、地下の駐車場から直通で最上階、ロイヤルスイートへと向かう。
段ボールは竹之内が抱えていた。
竹之内は受け取った時にも感じた、その軽さに再び驚いた。年齢はわからないが、見積もった年齢からすると幾分も軽い。
「お部屋の前に医者を待機させております。必要なものがあれば随時用意いたしますので」
準備のいい部下の事だ、そうだろうと思っていた。と威塚は頷くと、裏稼業もしているだろう中年の医者を部屋の前で見つけ、中に入れた。
部屋の中はベッドルームが3つ付いている。そのうちの一部屋に段ボールを運び、中から青年を取り出した。
全裸の青年をベッドに寝かせ、医者に傷などを見せる。口内、性器、肛門内部など、デリケートな所もくまなく診察する。
「火傷や切り傷はすでに完治しています。耳も上半分を切られているだけなので、聞こえないと言うことはないと思います。足の腱ですが、こちらは切れて日が経っていますが手術とリハビリで何とかなるでしょう。指も義指を付ければ見た目はあまりきになりません。肛門も括約筋が何度か切れているのか手術の痕がありますが、完治しています。…それと」
「なんだ」
「舌も耳同様半分切られています。歯はセメントで丸くコーティングされています。おそらく自殺防止でしょう。こちらは歯医者に行けば取ってもらえると思いますが、舌は既に切られたまま治癒しています。喋るのに難があるかもしれません」
「…そうか、わかった」
医者は特に今施すようなことはなく、どの傷も治癒していて、これ以上となると整形手術で綺麗にするしかないと言う。
威塚は頷くと、医者を帰した。
「想像以上だな…。良く生きてたもんだ」
「社長、飛行機の手配をいたしました。隣の席でよろしかったですか?」
「ああ。…明日こいつの服と車椅子用意しとけ」
「畏まりました」
一礼して竹之内は部屋を出た。
青年は柔らかなベットの上で無防備に寝ている。そのベッドに腰をおろし、威塚は青年の髪を撫でた。
栄養不足か傷んだ髪は、けして触り心地の良い物ではない。しかし、なぜか撫でずにはいられない。さらさらと表面だけを撫で、何の警戒心も無く眠る青年を観察する。
不思議な人間だ。
一度も喋ったことはないし、彼がどんな性格なのかもわからないのに、威塚は青年を気に入っている。
死さえもわからない無垢な瞳が、今でも威塚の興味を惹かせていた。
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